「ブレット・トレイン」主演のブラッド・ピットも待望した続編? 伊坂幸太郎ワールド全開の殺し屋シリーズ最新作
更新日:2023/10/20
クエンティン・タランティーノ監督に映画化してほしい。あるいは、深作欣二監督が存命だったら、彼が撮る運びになっていたかもしれない――伊坂幸太郎『777』(KADOKAWA)を読んでそう思った。なんせ、本書は伊坂幸太郎の「殺し屋シリーズ」の4作目であり、前作『マリアビートル』はブラッド・ピット主演でハリウッド映画になったのだ。同作も本作も、クライムアクションとサスペンスとミステリの掛け算。筆者は特に、手に汗握るアクション・シーンに文字通り一喜一憂した。
物語の鍵を握るのは『マリアビートル』をはじめ、伊坂の小説にはちょくちょく登場する殺し屋の七尾。コードネームは天道虫という。高級ホテルの一室に贈り物を届けるだけという、驚くほど簡単な仕事を引き受けた七尾だが、いつしかホテル内の抗争に巻き込まれてしまう。ここぞという場面で必ず不運に見舞われるのが七尾の宿命。今回もまた然り、である。
ホテル内には彼以外にも複数の殺し屋が潜伏しており、血で血を洗う混戦が繰り広げられる。しかも、途中から誰と誰が仲間で、誰と誰が敵なのか、さっぱり分からなくなってくるのが面白い。ステレオタイプな勧善懲悪には決して回収されないのだ。
ひと際目立つ殺し屋は、男女6人組のリア充風のグループだ。彼ら/彼女らには他のミステリやアクションと明らかに違うことがある。それは、拳銃を一切使わないところだ。6人組が戦闘において使うのは、毒を塗った吹き矢である。確かに銃は日本ではそう簡単には入手できないし、持ち歩くこともリスクが高い。射撃音は大きな音がするだろう。一方、刃物はと言うと、相手の近距離まで近づかないといけない。また、拳銃同様、持っているだけで罪に問われる。それに比べたら、吹き矢は大きくもないから隠しやすく、使い勝手がいい。なんなら、本物のヒットマンが本書を読んで、真似しだす可能性すらあるのではないか。
登場人物は皆がクセもので、キャラが立っている。記憶力が異常に発達しており、一度覚えた記憶は脳内から消えない少女。清掃員としてホテル内部に潜伏し、シーツを使って人を殺すモウフとマクラ。防犯カメラの映像を削除するなど、デジタル関係を大得意とするココ。可憐な容姿で人生をスイスイっと渡ってきた、パリピ風の6人組。
彼ら/彼女らは本来、乾というクライアントの依頼でホテルに赴いている。乾がそんなヒットマンたちをホテルに集結させたのには、ある人物を抹殺する必要があったからだ。ターゲットは元・政治家で、今は情報局に在籍する蓬実篤とその秘書。ふたりは戦闘能力に長けており、何度殺し屋を送っても殺人は成功しない。蓬はある残酷な方法で敵対者をなぶり殺していくのだが、こいつがまたえぐい。蓬はとにかくいやらしくて、極端に性格の悪い人物として描かれる。
ユーモラスでテンポの良い会話、個性的なキャラクター、鮮やかで巧みな伏線回収など、伊坂氏の培ってきた得意技が、惜しみなく投入された小説。そのような印象を受けた。本作は伊坂氏にとって久しぶりの書き下ろしだが、その筆致はますます鋭くなっている。次々に人が死んでいくのは、過去の「殺し屋シリーズ」同様だが、生死を賭けた戦闘シーンにあっても、本作にはくすっと笑えるセリフがある。悲壮感はまるでないのだ。
なお、冒頭で述べたハリウッド映画『ブレット・トレイン』が好評を博していたから、その続編を待ち望む声は多かった。やや眉唾物だが、同映画の主役を演じたブラッド・ピットが「続編を読んでみたい」と言ったことも、本作を執筆するにあたって背中を押してくれたとか。『マリアビートル』と登場人物が被るので、できれば同作を先に読んでおくことをお勧めするが、そうでなくても本書の価値が下がるわけではない。これまでのシリーズ作と変わらず、スリルと刺激と驚きと迫力に満ちた本作。紛う方なき傑作であり、ここから伊坂幸太郎の世界に足を踏み入れる読者がいても、もちろんいい。
文=土佐有明