最強弱者男性/絶望ライン工 独身獄中記⑤

暮らし

公開日:2023/10/11

絶望ライン工 独身獄中記

仕事終わり、スーパーに寄って帰ることが多い。
今夜は何を食べたいのか自分と相談しつつ、冷蔵庫の中を思い出そうとする。
卵はあるな。納豆も1パック残っている筈。豆腐と葱は昨日つかっちまった、など大変にファジーな記憶を辿りながら晩飯をイメージする。
過去を参照し未来を想像するこの行為、とても高尚で尊いといつも感じます。
過ぎ去った時間が未来を作る。
未来は光だ。君が光をもたらす。
ここで云ふ君というのは主婦のこと、つまり妖艶な人妻、素敵な奥様─
まだ見ぬ私の配偶者となる人である。
(隠れていないで出ておいで♪)

私が誰かの夫となる日、この連載は終わるだろう。
来週結婚することになればソッコーで終わる。5回で終わりである。打ち切り感が清々しいな。野球ですら9回やるのに。
そんな日が来ればの話だけど。

そうして葱だの発泡酒だのを買い、6畳の暗い部屋で1人分の食事を作るわけです。
この1人分というのが実につらい。
スーパーで売られる魚は2尾入りだし、お惣菜もレシピも麻婆豆腐の素も何もかもが数人分として出回っている。
そんな令和の日本で、独り者の自炊はだいぶ効率が悪そう。節約には程遠く、もはや贅沢であると言える。しかも寂しいし。
そんな寂しさを紛らわせるため、私は飯を食いながら動画投稿サイトを観ます。

自身の婚活力を上げるため、婚活系のチャンネルの動画をよく観ている。
結構昔から観ているが、数多くのこういった恋愛道場、婚活指南塾の動画を通して気が付くことも多い。
嗚呼、何故自分はずっと独身なのか。この孤独は一体何に起因するものなのか――
多くの学びがあります。
そして同時に、こういったチャンネルの傾向が視聴者のニーズと世の中に合わせて変化している事実に気が付く。

私も動画投稿をするので分かるが、実は投稿サイトの視聴者って男性が7割くらい占めてるんですよね。
つまり女性向けより男性向けコンテンツのほうが安定して人気になる傾向にある。
男性向け婚活コンテンツの基本は圧倒的に「女叩き」になります。

こんな婚活女性は嫌だ!40代婚活女性の失敗談!ありえない婚活女性の高望み!

こういったゴシップが中心になる。
前まで女性向けに「男叩き」をしていた婚活チャンネルが、改宗して「女叩き」を始める。この流れをいくつも見てきました。
男叩きはコメント欄が大荒れするのだ。男がめっちゃ書き込みするから。
それに耐えかねて女叩きに転ずるのを、「思想転向」と呼んでいます。
思想転向したチャンネルはコメント欄も平和で(平和とは、勝者の武力によって反対派が鎮圧され、支配されている状態を指す)、安心して観ることができます。

こうして女叩きのチャンネルしかなくなってしまった婚活塾。どこもかしこも同じ内容一辺倒である。
そんな凪の海に最近新しい風が吹くようになった。小さな変化、革命とも言える進化。
それは「弱者男性褒め」です。

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こういった感覚器官が正常に動作しているか疑うような心地よい風が吹き、我々のように自分の見たいものしか見ようとしないおじさん達は夢中になってこういった動画を観ている。

恋愛相談系のチャンネルもこれに乗るように「独身低所得おじさんの魅力」のような動画を大量に投稿し、情報を遮断された多くの独身低所得おじさんのみで構成されたディストピア・コミュニティが動画投稿サイト上に多数存在している。

「50歳独身です。同じ部署に入ってきた22歳新卒の女の子に恋をしてしまいました」
という大変ロマンティック極まりない相談に
「若い女性は実は年上男性が大好き!まずは食事に誘いましょう」
と職場に無用な緊張感をもたらす禅問答を得意とする恋愛道場師範が大人気だ。

こういった動画に積極的にアクセスすることこそ、恋愛強者、婚活勝者への近道であると常日頃から感じている。

なるほど、今年上のおじさんが若い女性に大人気でモテるんだ。
低所得な中年男性は逆に武器になるんだな、知らなかった。
休みの日に職場の気持ち悪いおじさんからLINEが来ると女性は嬉しんだなあ(しみじみ)
など新しい価値観を手に入れることで私自身をアップデートさせ続けることができる。
その結果、とんでもないモンスターが誕生する。

最強の弱者男性である。

<第6回に続く>
絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。