実母を殺した少女の絵から読みとれる深層心理とは? 9枚の絵に隠された「不穏な謎」を追う、覆面ホラー作家「雨穴」最新作『変な絵』

文芸・カルチャー

更新日:2023/10/30

変な絵
変な絵』(雨穴/双葉社)

 ホラー作家で人気YouTuberの雨穴さんをご存じだろうか。黒い全身タイツに白いお面という風貌は一度目にしたら忘れないインパクトだが、さらに注目なのは書かれた本が売れに売れていることだろう。2021年のデビュー作『変な家』(飛鳥新社)の大ヒットに続き、2022年に発表した『変な絵』(双葉社)も大ヒット、2冊あわせて110万部を超えるベストセラーとなっているのだ。中でも『変な絵』は雨穴さんの初の書き下ろし長編小説であり、彼のストーリーテラーとしての魅力がたっぷり楽しめる一冊。一見、なんの変哲もない9枚の「絵」に隠された「不穏な謎」を解き明かしていくという、新感覚のスケッチ・ミステリーだ。

 物語のプロローグは「それではこれから、一枚の絵をお見せします」という一言で始まる。そして登場するのは「木と少女と家」が描かれたシンプルな絵だ。いきなりの視覚的展開にYouTuberとしても大人気の雨穴さんらしさを感じつつ読み進めると、そのシーンは女性の心理学者が大学の講義でその絵を学生たちに見せ、その絵から読み取れる心理を解説しているものだとわかってくる。実はその絵を描いたのは実母を殺してしまった少女であり、その女性心理学者はこの絵から「更生の可能性」を読み取ったというのだ。続く本編とこのプロローグの繋がりはラストでわかってくるが、まずは「なんの変哲もないような絵」から様々な深層心理が読み取れることを、読者自身も「知る」ことが大事になるのだ。

 そして始まる本編には、とあるブログに投稿された『風に立つ女の絵』、消えた男児が描いた『灰色に塗りつぶされたマンションの絵』、山奥で見つかった遺体が残した『震えた線で描かれた山並みの絵』など、9枚の絵が登場する。それぞれの絵は一見すると普通だが、どことなく「不穏」。まさにタイトルの通りの「変な絵」で、プロローグで示されたようにこれらの「絵」からも読み取れる心理があるはずだ。一体、彼らは何を伝えたかったのか――物語はこれらの絵にこめられた謎に迫っていくことになる。

advertisement

 とはいえ、それぞれの絵が登場するシチュエーションも、絵を描いた本人だけではなく絵を取り巻く人間たちもバラバラであり、共通するのはなんだか「不穏」な感覚のみ。バラバラな話が次々に展開していく状況に、読者としても「この物語は一体どうなっていくのだろう?」と不穏な気分を深めていくことになる。だがご安心を。ひとつの謎がとけることが次々に謎解きを進めていき、最後にはバラバラだった物語がひとつの大きな「戦慄の物語」として繋がっていく。そのスリリングな展開はストーリーテラーとしての雨穴さんの面目躍如で、思わず唸ってしまうだろう。

 なお物語には前作『変な家』でも登場したオカルト好きの「栗原」も登場。「謎を謎のままおいておけない」という彼のキャラクターには雨穴さん自身が投影されているという話もあり、謎の覆面作家・雨穴さんに興味津々。この先、どんな物語で我々を驚かせてくれるのか、ますます楽しみになってくる一冊だ。

文=荒井理恵