替え玉受験、誘拐に次ぐ誘拐…厳しい格差社会を描き出す、スパイス効かせまくりのインドミステリー
PR 公開日:2023/10/24
格差社会なんてクソ喰らえ。ヒエラルキーの底辺に生まれたら最後。一生這い上がることなどできないと諦めながら毎日を過ごしている人は少なくはないだろう。いや、本当は諦めたくなんてないのではないか。それはヒエラルキーの上層にいたとしても同じかもしれない。いつの日か何者かになりたい――誰だって夢見ずにはいられないだろう。一発逆転、今の人生を好転させることを。
上手くいかない毎日にあえぐ全ての人に読んでほしいのが、『ガラム・マサラ!』(ラーフル・ライナ:著、武藤陽生:訳/文藝春秋)。今もっとも熱いインドミステリーだ。あなたはインドという国に対してどんなイメージがあるだろうか。タージ・マハルなどの世界遺産、カレーをはじめとするスパイス料理、数学の基本となった「ゼロの概念」の発見、優秀な人材を輩出するIT大国——いろいろあるだろうが、この物語で描かれるのはインドの厳しい格差社会。「インドの小説は読んだことがない」という人は多いと思うが、何者かになることを夢見る男たちの姿は国境を越えて私たちの心を揺さぶる。それにこの物語はインドのミックススパイス「ガラムマサラ」と同じタイトル名の通り、あまりにも刺激的。事件に事件が混ざり合い、犯罪に犯罪がかけ合わさる展開は息つく暇を与えない。ハラハラドキドキされられっぱなし、スパイス効かせまくりのエキサイティングなミステリーなのだ。
主人公は24歳の不正入試コンサルタント・ラメッシュ。金持ちの子どもの代わりに試験を受け、一流大学に入れるようにしていた彼は、サクセナ家から息子・ルディの全国統一試験の替え玉受験を依頼され、こともあろうか全国1位の成績を取ってしまった。カースト制度が廃止された今もなお人々の間に厳しい格差があるインドは日本以上の学歴社会。特に全国統一試験は、この試験の成績で人生が決まると言われ、1万位以内に入れば将来が約束されるとさえ言われる。そんな試験で首位を獲得した人物がまさか替え玉受験だとは思わない世間はルディに大注目。ルディのもとには取材やTV、広告出演の依頼が殺到する。何の分け前ももらっていなかったラメッシュはルディの両親を脅し、ルディのマネージャーとして彼が得る報酬の10%を得ることに。だがある日、ラメッシュはルディとともに何者かに誘拐され……。
貧しい生まれのラメッシュから見たインドは散々だ。曰く「僕のインドはくそのにおいがする。衰退した国のにおい、傷んだインドチーズのようにすべての夢が腐り、凝固したにおい」……。インドに対して何となく明るいイメージしか抱いていなかった人は、彼のブラックな語り口に最初は打ちのめされるかもしれない。だが、だからこそ、替え玉受験とはいえルディに全国共通試験で1位を獲得させてからのラメッシュの姿には爽快感さえ覚える。ラメッシュは賞賛を受けるのがルディだとしてもそのサポートにやりがいを感じていたし、はじめはいけ好かないと思っていたルディとも意気投合。世の中への鬱憤を抱えた彼らは良きパートナーだった。しかし、悪いことはできないものなのだろうか。誘拐事件に巻き込まれてからは、急転直下、残酷な展開が続く。ラメッシュとルディの運命はどうなるのか。そして貧しい生まれのラメッシュはどのように教育を受け、なぜ不正入試に手を染めたのか。ふたりの過去や葛藤を知れば知るほど、彼らの無事を願わずにはいられない。
このインドミステリーの醸し出す独特の風味を是非味わってほしい。ここには知らなかったインドがある。現状を打開したいと悩み、苦しむ若者たちがいる。そして読み終えた時に感じたのは不思議なカタルシス。この小説はきっとあなたの日常を変える、とびきりのスパイスとなるに違いない。
文=アサトーミナミ