『悪魔くん』が令和にNetflixでアニメ化。様々なバージョンがありすぎる「悪魔くん」の原点、1963年の水木しげる作を徹底考察!
更新日:2023/11/10
初めてアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の再放送を見た時、子どもだった私は怖がり、友だちは笑っていた。ギャグなのかホラーなのか困惑したが、成長して原作漫画を読み、本作がオカルト漫画として他の追随を許さない名作であることを知り、作者の水木しげるの名前が心に強く刻まれた。2015年に水木しげるが亡くなった時は、オカルト漫画界でひとつの時代が終わったように感じた。
そんな水木のもうひとつの代表作が「悪魔くん」シリーズである。本作の始まりは1963年であったが、それから設定などを変えて様々な媒体で同タイトルの作品が発表されていった。そのため「悪魔くん」というタイトルだけでは、どれを指しているのかわからなくなる混沌とした状態で、それはまさに水木しげるの漫画そのものの特徴にも思える。そして2023年、令和版とも言うべき『悪魔くん』が新作アニメとなってNetflixで独占配信される。このアニメでは本当の家族を知らない「悪魔くん」が1万年にひとりの天才少年として登場し、奇怪な依頼が舞い込む千年王国研究所で相棒のメフィスト3世と事件に挑みながら自分の出自を追うストーリーだという。
これを聞いてふと気になったのは、1963年に初めて発表された「悪魔くん」はどのような漫画だったかという点だ。当時、日本には子どもたちが漫画を借りることができた貸本屋が存在していて、「悪魔くん」もその中のひとつだったようだ。現在、この初期作品は『悪魔くん 貸本まんが復刻版』(水木しげる/KADOKAWA)として販売、全話を1冊で読むことができる。初期の悪魔くんの本名は松下一郎。大手電機メーカーの社長の息子でありながら、天才的頭脳を発揮していて、父から恐れられている。「世の中から貧しい人をなくしたい」と願い行動している様子が描かれるのだが、彼の身のまわりで起きる怪奇的な出来事から不穏な雰囲気が漂っている。また、怪奇的な描写の中に当然のようにギャグが交えられているのは、水木しげるならではの手法だと言えるだろう。この記事では、この貸本まんが復刻版をもとに、初期の『悪魔くん』はどのようなものだったのかひもときたい。
まず前提としてあるのは、当時(1963年頃)、オカルト漫画は非常に珍しかったこと、本来『悪魔くん』は長編になる予定だったが途中で打ち切りになったという2点である。水木しげるの漫画が打ち切りとは今では想像もつかないことだが、この貸本版の後にいくつもの『悪魔くん』が水木の手によって生まれヒットしたことからも、1963年の段階ではまだオカルト漫画を読者が受け入れる時代の波がきていなかったのかもしれない。しかしながら本作はオカルト要素のみならず、水木しげるが当時の社会に感じていたことも推察できる貴重な資料でもある。
悪魔くん(松下一郎)の父が社長を務める電機メーカー「太平洋電気」の社員・佐藤が、ある日、社長に呼び出されるところから本作は始まる。社長は佐藤に息子の一郎の家庭教師になってほしいと頼む。一郎を立派に教育して大学を卒業させてくれたら佐藤を重役にさせるという条件をのんだ佐藤は引き受けることとなるのだが、一郎は奥軽井沢の広大な別荘の離れに住んでいて、別荘で佐藤は、一郎の頭が良すぎるため小学校からの退学通知を何度ももらっていると別荘番の老夫婦に教えられる。そして離れにきた佐藤は一郎、すなわち「悪魔くん」に会うのだが……。
貸本版の第1巻は佐藤の視点で物語が進んでいく。読者も佐藤と同様に悪魔くんのことをよく知らず、佐藤と同じ視座から本作の世界観を見回すことになる。やがて佐藤は悪魔くんしか行けない「入らずの森」があり、そこで前の家庭教師が行方不明になっているという情報を得る。ここから不穏な気配を感じた私は「悪魔くんはホラー漫画のように誰かを脅かす存在なのだ」と思い込んだ。しかし物語が進むにつれて、その思い込みは二転三転していくことになる。これこそが本作の面白みなのではないかと感じた。
『悪魔くん 貸本まんが復刻版』を最後まで読むにあたって、頭に入れておいてほしいのがキリスト教の聖書の基礎知識3点だ。まず旧約聖書には、神は6日間で天地を想像して7日目に休んだこと。また、新約聖書には、キリストを裏切り十字架にかけるきっかけを作ったユダという弟子がいて、彼の正式名称は「イスカリオテのユダ」というのだが(十二使徒と呼ばれるキリストの弟子の中にはほかにも「ユダ」という人物がいる)、彼はキリストを裏切った後、そのことを後悔して自殺していること。そして3つめに、キリストは十字架にかけられた三日後に復活しており、欧米の祭り「イースター」はこの復活祭のことを指すということだ。
この3つを頭に入れておくと貸本版への理解がより深まるだろう。本作には裏切り者であるイスカリオテのユダに該当するキャラがいる。それは誰なのか、「悪魔くん」が迎えた結末は何を意味するのか、最後にあるキャラがつぶやく「七年目」の意味とは……。聖書のこの部分を知っているかどうかで後味も変わってくる。また、ドイツの伝説に登場する、悪魔に魂を売ったファウストのことも頭に入れておきたい。
水木しげるのみではないが、漫画が少なく、また今以上に親が子どもに漫画を読むことを咎めていた時代、子どもたちにとって小説や伝説も興味深い読み物のひとつであった。水木しげるも例にもれず、聖書や伝説、小説などから得た知識があるからこそ、そこで取り入れた知識を漫画に生かし、より考察のしがいがあるものにできたのだろう。
その後、何度も「悪魔くん」は本名や外見、背景、設定を変えて漫画化され、テレビドラマやアニメ、ゲームにもなった。貸本版で打ち切りとなっても水木は「悪魔くん」を描き続け、その成果が実ったのだ。オカルト漫画の道を切り開いたとも言える本作が、令和にNetflixのアニメとしてよみがえる。声優を担当するのは『TVアニメ「進撃の巨人」』(NHK)のエレン役などで有名な梶裕貴さんだそうだ。いったいどんな悪魔くんが見られるのか、期待が高まる。
文=若林理央