いつも一緒で仲良しの双子・ミミとナナ。しかし妹のナナは、姉のミミにしか見えない存在だった/はざまの万華鏡写真館③

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/10

はざまの万華鏡写真館』(廣嶋玲子:作、橋賢亀:絵/KADOKAWA)第3回【全3回】

あなたが“必要としている”写真、お撮りします。そのかわり――。主人公は「万華鏡写真館」のリューという少年。彼が撮影する写真は客たちが予想していなかった仕上がりで、しかもその写真を受け取るにはある代償を差し出さなければならず――。さまざまな願いを持った客たちに、リューはどんな写真を写すのでしょうか? 子どもたちに絶大な人気を誇る「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズや「十年屋」シリーズの著者・廣嶋玲子氏による新作ダークファンタジー『はざまの万華鏡写真館』をお届けします。橋賢亀氏による美しいカバーイラストと挿絵にも注目です。

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はざまの万華鏡写真館
『はざまの万華鏡写真館』(廣嶋玲子:作、橋賢亀:絵/KADOKAWA)

連写

 物心ついた時から、ミミには最高の友達がいた。

 双子の妹のナナだ。見た目はミミとうり二つ。でも、ミミよりもちょっと恥ずかしがり屋で、物静かな女の子だ。

 ああ、ミミはどれほど妹のことを愛していたことか。ナナのほうも、いつだってミミのことを頼りにし、影のようにミミから離れなかった。

 そう。二人はいつでも一緒だったのだ。

 だが、そのことを知っている人はいなかった。ナナの姿は、ミミ以外の人には見えなかったから。

 妹が幽霊だということにミミが気づいたのは、ずいぶん大きくなってからだ。だが、気づいたからと言って、なにかが変わるわけでもなかった。ミミにとって大切なのは、ナナがそばにいてくれることだったからだ。

 幽霊のナナは物を動かすことはできず、声を出すこともない。

 それでも、なにも困らなかった。言葉を交わさずとも、ミミにはナナの心が手に取るようにわかる。遊ぶ時は、おもちゃでもなんでも、ナナが望んだとおりにミミが動かせばよかった。

「ミミはほんとにおとなしくて、一人遊びが上手ねえ」

 まわりの大人にそう言われるたびに、ミミは言いかえしたくなった。

 一人じゃないよ。妹のナナと遊んでいるんだよ。

 なにも知らない両親にも、ナナのことを教えてあげたいと、何度も思った。

 だが、そのたびにナナが反対した。

「え、だめ? なんで?……私が『変な子』だって思われちゃう? そうなると、いろいろ大変になっちゃう? ……わかった。じゃ、やっぱりママ達には言わないでおくね」

 だが、ミミの秘密に気づいた人が現れた。

 大叔母のシュナさんだ。

 親戚同士で集まった時、シュナさんは一人で遊んでいるミミをじっと見ていた。そして、「ちょっとこっちにおいで」と、人のいない庭にミミを連れだしたのだ。

「なに、シュナおばさん?」

「ミミ、あんた、もしかして姿の見えないお友達と遊んでいるんじゃないかい?」

 ずばりと言われ、ミミも、そしてその横に立っていたナナも慌てた。青ざめるミミに、シュナさんはためいきをついた。

「やっぱりね。そうじゃないかと思ったんだ」

「おばさん。ど、どうしてわかったの?」

「あんたのしぐさや目の動きからさ。昔のあたしによく似てる。……ミミ、あたしにもね、小さな子供のころ、特別な友達がいたんだよ。あたしにしか見えないお友達がね」

 ミミとナナは息をのんだ。

「それじゃ、おばさんも双子だったの?」

「双子? いや、あたしの友達は、血のつながりのない男の子だったよ。フェムって名前で、やんちゃでね。あたしにいろいろないたずらを教えてくれたものさ。もっとも、実際にいたずらをやらかすのも、見つかって怒られるのも、いつもあたしだけだったけどね」

 懐かしそうに目を細めるシュナさんに、双子はすごくうれしくなった。シュナさんは自分達と同じ、つまり仲間ということだ。

 ミミは勢いこんで聞いた。

「その子、どこにいるの? 今日は一緒に来たの?」

「いや。……あたしはフェムとはずいぶん前に別れてしまったんだよ。大きくなるにつれて、フェムの姿が少しずつ薄れていってね。ある日、とうとう完全に見えなくなってしまった。フェムとはそれっきりさ。もう何十年も会っていない」

 さっと青ざめるミミを、シュナさんはじっと見つめた。

「それがこの世界の決まり事なんだよ。生者は現世に、死者は幽世に。時間が経つにつれて、あたし達はそれぞれの世界により深く根ざしていく。だから、お互いの姿が見えなくなってしまうんだろうね」

「そんな……」

「だから、覚悟をしておくんだよ。どんなに別れがたくとも、どんなに大切であったとしても、いずれ別れは来るから」

 そう言って、シュナさんはミミ達を残して、家の中に入っていった。

 

 その夜、ミミは一睡もできなかった。ナナと二人でベッドで泣いた。

 いやだ。ナナのことが見えなくなるなんて、つらすぎる。怖くてたまらない。どうかどうか神さま。なんでもあげますから、私達をずっと一緒にいさせてください。離れ離れにしないで。

 ミミの涙で、枕はぐっしょりと濡れていった。

 

 その日から何日も、何ヶ月も、何年も経った。だが、シュナさんの言葉はトゲのように、ずっとミミの心に食いこんだままだった。

 そして……。

 十三歳の誕生日が近づいてきたある日、ついに恐れていたことが起きた。

 ナナの姿がうっすらと透け始めたのだ。

 ミミはパニックを起こした。

 まだほんのわずかだが、間違いなくはかなくなっている。これまでくっきり見えていたのに。

 ついに始まってしまったのか? このままナナのことを失ってしまうのか?

「どうしたらいいの、ナナ? このまま別れちゃうなんて、絶対いやよ! ……いっそ、私がナナのいる世界に行けば……そうすれば、ずっと一緒にいられる?」

 ミミの言葉に、ぶんぶんと、ナナは激しく首を横にふった。その目から涙があふれるのを見て、ミミはすぐにあやまった。

「ごめん。それはだめなのね。二度と言わない。……わかったわかった。考えたりもしないから。でも……ほんとにどうしよう? ねえ、どうしたらいいのかな?」

 焦りと恐怖が、がりがりと心に爪を立ててくる。

 ああ、自分達はどうして同じではないのだろう。こんなにそっくりなのに。いつも二人でいるべきなのに。別れてしまうなんて、失ってしまうなんて、とても耐えられない。

 苦しくて、息がつまってきた時だ。ふいに、ナナが手招きをした。

「こっちについてきて? え? なに? どこに行くの?」

 だが、ナナはどんどん歩きだしてしまった。ミミは追いかけるしかなかった。

 そして、静かな住宅街の緑の生け垣にまで導かれたのだ。

 生け垣にはめこまれた扉をくぐり、緑のトンネルを抜け、白と紫の花をつけた植木の向こうにある古そうな洋館の前で、ナナはようやく足を止めた。

「ナナ? ここ、どこなの?」

 ミミの質問に、ナナは少しいたずらっぽく笑った。

「ちょっと。ふざけてる場合じゃないでしょ? わかってないの? このままじゃ私達は……」

「いらっしゃいませ」

 澄んだ声がミミの言葉をさえぎった。

 見れば、洋館の入り口のところに男の子が立っていた。ミミ達と同い年くらいで、とてもきれいな顔立ちをしているのに、黒い眼鏡で目を隠し、歯車だらけの不思議な衣装を身につけている。

 ナナに似ていると、見た瞬間にミミは思った。見た目がではなく、妖精のような透明感のある雰囲気がそっくりだ。

 何者だろうと、戸惑うミミは、さらに驚く羽目になった。少年はミミから視線をずらし、今度はまっすぐナナを見たのだ。

「お客さまが同時に二人もいらっしゃるなんて、滅多にないことです。それに、双子さんとはめずらしい。これはぼくも腕が鳴りますね」

 ミミは仰天した。

 双子! 今、この子、双子と言ったわ! 私達のこと? そうとしか思えないけど、ってことは、この子にはナナが見えている?

 混乱しているミミに、少年はリューと名乗った。

「そして、ここは万華鏡写真館。お客さまが必要とされている写真を撮る場所です」

「必要? それって、望んだとおりの写真を撮ってくれるってこと?」

「はい」

 リューの声には自信が満ちていた。

 ミミはちらりとナナを見た。ナナはうなずいた。

「それじゃ……私達の写真を撮ることはできる? 私だけじゃなくて、ナナの姿も、写真の中におさめられる?」

「もちろんです。それがお望みとあれば、必ず満足していただける一枚を撮ってみせます。さ、どうぞ。撮影室にご案内します」

 そうして、ミミとナナは写真館の中へと案内された。

 撮影室に入り、二つ並べられたイスにそれぞれ腰かけた。緊張しながら、ミミはナナの手を取り、ナナはミミの肩にそっと頭をよりかからせた。

 と、カメラの支度に取りかかっていたリューがうれしそうに言った。

「ああ、お二人とも、とてもいいポーズですね。それで写真を撮りましょう。とてもすてきな仕上がりになると思います」

「……あなたにはナナのことが見えるのね?」

「はい」

「……どうして? これまで私以外に見えた人はいなかった。パパもママも……シュナおばさんにも見えなかったのに」

「ぼくの目は特別なんです」

 ぱちぱちっと、リューは自分の黒眼鏡をつついてみせた。

「撮影技師は、写真の中にいろいろなものを封じなくてはいけませんからね。そうでないと、最高の作品はできあがらない。だから、何事も見逃さない目が必要なんです。さて、準備ができました。今回は何枚か撮らせていただきますね。はい、そのまま目線だけをレンズに向けて。はい、いいです。とてもいいですよ」

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ!

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