未来は予測するものではなく、作るもの。歴史的発明品から考える生成AIがもたらす未来/AIは敵か?④

暮らし

公開日:2023/10/25

『AIは敵か?』(Rootport)第4回

AIに仕事を奪われる! 漠然と抱いていた思いは、「ChatGPT」のデビューによって、より現実的な危機感を募らせた人も多いのではないでしょうか。たとえば、バージョンアップしたGPT-4のアドバイスを受ければ、プログラミング経験のないユーザーでも簡単なアプリを作れるほど高い精度を誇ります。では、⽣成AIが登場し、実際に人々の生活はどうなるのか。本連載『AIは敵か?』は、マンガ原作者でありながら、画像生成AIを使って描いた初のコミック『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を上梓したRootport(ルートポート)氏が、火や印刷技術といった文字通り人間の生活を変えた文明史をたどりながら、人とAIの展望と向き合い方を探ります。

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AIは敵か?

生成AIはどんなジャンルの発明か?

 ここまで、⼈類を変えた発明品を四つに分類して振り返ってきました。

 では、⽣成AIはこれらのうち、どのジャンルに該当するでしょうか?

 私⾒では、現在の⽣成AIは「④⼈類にできることをより効率よくできるようにした発明」だと⾒做せます。

 先述の通り、LLMは「⾔葉を別の⾔葉に変換するタスク」を効率よく⾏える装置(マシン)だと私は考えています。また、画像⽣成AIは(品質の⾯では⼈間のクリエーターにまだ及びませんが)⽣成の速さと量では⼈間を凌駕しています。翻訳も資格試験もコーディングも、あるいは絵画や⾳楽などの創作活動も、⼈間が元々できる作業です。現在の⽣成AIは、それらをより効率よく実⾏できるようになる発明品です。

 ただし、ここで注意点が⼆つあります。

四つの分類はあくまで恣意的に分けたもの

 ⼀つ⽬の注意点は、この四つの分類は、あくまでも私独⾃の恣意的な分類だということです。

 たとえば、情報の伝達は⼈類がもともとできることです。ここでは②情報を⺠主化した発明を、独⽴した⼀つのジャンルとして扱いました。しかし、④⼈類にできることをより効率よくできるようにした発明の⼀つだと⾒做すこともできるでしょう。

 あるいは、「⾶び道具」について考えてみましょう。現⽣⼈類は、他の⼤型霊⻑類よりも柔軟でよく回る肩を持っています。ボールや⽯ころを「投擲」できることは、私たちヒトの⽣理学的な特徴の⼀つです。かつては投⽯で獲物や敵を倒していた私たちは、やがて、槍や⼸⽮を使うようになりました。さらに⽕薬の発明とともに、⼤砲や鉄砲を利⽤することも可能になりました。ここまでは、「④⼈類にできることをより効率よくできるようにした発明」だと呼べそうです。

 ところが⾶び道具の探求は、やがて⼈⼯衛星を空に浮かべたり、⼈類を⽉⾯に送ったりできるまでに⾄ったのです。この部分に注⽬すれば、ロケットエンジンは単なる⾶び道具ではなく、「③⼈類にはできなかったことをできるようにした発明」だと⾒做せるでしょう。

 ことほどさように「何かを分類する」という⾏為は、分類する者の恣意性から逃れることが困難です。どこで線引きをするのかも、いくつのジャンルに分類するのかも、客観的な基準を設けることが難しいのです。

普及のトリガーは「経済的利点」がヒトを上回るかどうか

AIは敵か?

 ⼆つ⽬の注意点は、どれほど素晴らしい発明でも、経済的利益がなければ普及しないということです。

 たとえば蒸気機関の実⽤化に成功したのはトマス・ニューコメンですが、蒸気機関そのものの歴史はもっと古いのです。紀元1世紀ごろ、古代ローマ属州時代のエジプト・アレクサンドリアのヘロンが「アイオロスの球」と呼ばれる装置を⽂献に記しています。これは蒸気を吹き出すことで中央の球を回転させる、⼀種の蒸気タービンでした。

 この装置が実際に制作されたかどうかは、定かではありません。

 しかし、この時代から、⼈類は蒸気を動⼒源として利⽤できることを知っていたのです。それでも、古代ローマで蒸気機関が普及することはなく、産業⾰命が始まるまでにざっくり2000年も待たなければなりませんでした。なぜなら、当時のローマでは貴重な薪を燃やして蒸気機関を動かすよりも、⼈間の奴隷を使ったほうが安上がりだったからです。

 現在の⽣成AIが、素晴らしい技術⾰新であることは間違いありません。しかし「ありとあらゆる職業がAIに代替される」と断⾔することは早計でしょう。⼈間を使ったほうが安上がりな分野では、AIに⼈間と同じ作業をさせる経済的利点がありません。そういう分野では、⽣成AIは、「アイオロスの球」や平賀源内の「エレキテル」のような“興味深いおもちゃ”にしかならないでしょう。

未来とは「予想する」のではなく、「作る」もの

 これら注意点を踏まえても、過去の歴史を振り返り、それに基づいて未来を想像することには意味があると、私は思います。

 たしかに⽣成AIは、過去に例のない⾰新的な発明品です。

 しかし「過去に例のない⾰新的な発明品」が現れたのは、これが初めてではないのです。むしろ⼈類の歴史は、技術⾰新の歴史と⾔ってもいいほど、そうした発明品に満ち溢れています。

 過去のイノベーションが⼈々の⽣活を、どれくらいの期間をかけて、どれほど変えたのか。その「変化の速さ」と「変化の振れ幅」を知っておくことは、10年後の将来に備えるうえで役に⽴つでしょう。⽣成AIに⽐肩しうる発明は、初代iPhoneなのか、組み換えDNA技術なのか、それともGUIなのか。あるいは、もっと別の発明なのか――。この疑問に答えるためには、歴史を知る必要があります。

 また、正確な未来予想は不可能だという指摘もその通りです。

 ⽣成AIが普及し始めた現時点で10年後を予想することは、たとえばインターネットが普及し始めた1995年の時点でYouTubeの登場を予想することや、初代iPhoneが発売された2007年の時点でTikTokの登場を予想するようなものです。しばしばSF作家の未来予想が当たったと話題になりますが、それはたまたま的中した予想が注⽬を集めているだけで、その背後には数えきれないほどの外れた予想が横たわっています。

 SF的な想像⼒の翼を広げることは、娯楽としては⾯⽩いものです。しかし技術⾰新に基づいて将来を予想することは、⼤抵、当たるも⼋卦、当たらぬも⼋卦の占いと同程度の精度にしかなりません。

 したがって私は、将来は予想するものではなく、作るものだと考えています。

「⽣成AIが普及すれば、⽇常⽣活はこんなに便利になるはずだ」と予想することには、あまり意味がないでしょう。テレビ番組の星占いのような、外れても誰も責任を負わない⾔説だからです。ならば、「⽣成AIで⽇常⽣活を便利にするサービス」を、⾃分の⼿で作ってしまったほうがいい。⽉並みな表現ですが、未来は変えられるからです。

 過去は変えられません。

 今この瞬間の現在も、変えられません。

 しかし未来は、ほんの1秒後から変えることができるのです。

 ⽣成AIという技術⾰新を前にして、どのような未来を作るのか?

 それを考える上でも、過去の⼈々の⾏動は参考になるでしょう。「⾒たこともないような発明」を前にして、過去の⼈々はどのような未来を作ろうとしたのか。彼らが挑戦を積み重ねた結果が、私たちの⽣きる現代なのです。この連載では、歴史上の「⼈類を変えた発明品」を⼀つずつ取り上げて、紹介していきます。それら発明による「変化の速さ」と「振れ幅」を知り、さらに「どのような未来を作るか?」のヒントを得ていただければ嬉しいです。⽣成AIは過去1年間ですっかり⼈⼝に膾炙しました。

 この素晴らしい技術が、歴史をどのように変えるのか――?

 すべては今、この瞬間に始まろうとしています。

<第5回に続く>

Rootport(るーとぽーと)
マンガ原作者、作家、ブロガー。ブログ「デマこい!」を運営。主な著作に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)、『ドランク・インベーダー』『ぜんぶシンカちゃんのせい』(ともに講談社)など。2023年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。