福山雅治は音楽をやりたくて俳優の仕事を断り続けていた? 90年代の音楽アルバム100枚から溢れる当時の小話が面白い

文芸・カルチャー

更新日:2023/12/12

「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!
「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(栗本斉/星海社)

 Apple MusicやSpotifyといったストリーミング・サーヴィスの普及以降、音楽聴取の在り方は劇的に変化した。毎月約1,000円を払えば、あらゆる地域/年代/ジャンルの音楽にワンクリックでアクセスできる。YouTubeでは過去のライヴ映像やMVも視聴できるし、大型音楽フェスもリアルタイムでライヴ映像を流すようになった。ここまで手軽/気軽に音楽を楽しめる時代もなかったのではないかと思う。

 喩えるなら、蛇口をひねれば水が出てくるように、音楽は身近に溢れている。だが、そうなると浮上してくるのは「なんでも聴けるから何から聴いていいか分からない」という難題だろう。そして、そんな時代にあっては、目利きの審美眼によって精選されたディスクガイドが要請されている。

 選曲家/ライターである栗本斉氏の『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社)もそんな時代ならではのディスクガイド。昨今リバイバルが盛んな90年代の音楽に焦点を絞って、100枚のアルバムを簡潔にレビューしている。レビューは年間チャートの上位を選ぶのではなく、著者がその年を象徴すると思うアルバムをチョイス。著者は独断と偏見で100枚を選んだとのことだが、どのジャンルにも目配せが利いており、バランスがいい並びとなっている。

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 90年代というと、小室哲哉によるTKサウンドやビーイング系ポップスが世を席巻し、ミリオンヒットを連発したという記憶がある。一方で、かつてならインディーズに括られていたジャンルの音楽が、オーヴァーグラウンドで支持された時代でもある。渋谷系、R&B系ディーヴァ、テクノ、ヒップホップ、ヴィジュアル系、メロコアなどが台頭し、音楽シーンは百花繚乱とも言える様相を呈していた。

 個人的な話だが、筆者は90年代には、自分の好きな音楽の元ネタ探しに奔走していた。『渋谷系 元ネタディスクガイド』(太田出版)という本をバイブルに、様々なレコードを漁ったものだ。本著を記した栗本氏もそうした「さかのぼりグセ」があったはず。その証拠に、レビューの中で、この曲のこの部分はこれが元ネタ、といった指摘が数多くちりばめられている。

 例えば、BUCK-TICKのアルバム『悪の華』のレビュー。歌詞はジャン=リュック・ゴダールの映画『気狂いピエロ』から触発されており、アルバムのタイトルはボードレールの詩集からの引用と指摘される。言われなければ気づかない人も多いだろう。また、DREAMS COME TRUEの「決戦は金曜日」の元ネタがシェリル・リンとアース・ウインド・アンド・ファイヤーの曲だというのも納得だし、ウルフルズの「ガッツだぜ!!」はKC&ザ・サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウェイ」が下敷きになっている。そうした具合に有益な情報が膨大に詰め込まれている。

 さらには、レビュー中で「(ビートが)モータウン調」と形容された曲が多いのも本書の特徴だ。モータウンとはソウル・ミュージックの伝説的レーベルで、そこから出たアルバムは軽快で弾むようなビートを特徴とする。本書内で言及されているのは、ピチカート・ファイヴの「スウィート・ソウル・レビュー」、ZARDの「Listen to me」、福山雅治の「All My Loving」。斉藤和義の「歩いて帰ろう」、MY LITTLE LOVERの「My Painting」、PUFFYの「ネホリーナハホリーナ」。あるいは、広末涼子の「MajiでKoiする5秒前」も典型的なモータウン調なのでビートを聴くと「ああ、これか」と気づく人も多いだろう。要するに、90年代のJ-POPが洋楽のおいしいところをどのように引用/参照していたかということを、本書は露わにしているのだ。

 また、トリビア的な情報が盛り込まれているのも嬉しい。福山雅治は映画のオーディションに合格して俳優としてデビューしたものの、どうしても音楽活動をしたくて、俳優のオファーを断り続けて90年にCDデビューしたという。Coccoは元々はバレリーナになりたかったが、たまたま受けたヴォーカルのオーディションがきっかけで、シンガーとしてデビューする運びとなったそうだ。90年当時岡村靖幸と親友だった尾崎豊が、岡村の『家庭教師』を聴いて「気持ち悪い」と評した、という話には心底驚いた。

 CMやドラマとのタイアップ曲が多数ヒットしたり、プロデューサーの存在が注目されたり、大型フェスや野外フェスが興隆したり、というのも90年代ならではの現象。そこはレビューの間に挿入されるコラムでまんべんなく触れられている。なお、本書で取り上げられたアルバムは、QRコードを通してサブスクリプション・サーヴィスで再生できる。内容にも構成にも選盤にも目配せした、実にお得感のあるディスクガイドである。

文=土佐有明