作家が語る「わたしの新刊」 演奏場面は必見!音楽のよろこびを描いた、いせひでこさん初のファンタジー絵本『ピアノ』インタビュー(偕成社)
公開日:2023/10/29
新しい家で留守番をしているとき、今はもういないお父さんからもらったトイピアノをみつけたのんちゃん。お父さんにならった「カノン」を弾いてみると、となりの森からも同じメロディが聞こえてきて––––いせひでこさん10年ぶりとなる創作絵本『ピアノ』。音楽のよろこびを描いた本作について、いせさんにお話を伺いました。
ピアノ
作:いせひでこ
出版社からの内容紹介
新しい家にひっこして、るすばんをしていたのんちゃんは、クローゼットの中にトイピアノをみつけました。今はもういないおとうさんが、5歳の誕生日に買ってくれたものです。のんちゃんは、鳴らない鍵盤が1つあることを思いだしましたが、ひさしぶりに、おとうさんにならった「カノン」という曲をひいてみました。すると、となりの森から、ピアノの音が聞こえてきます。のんちゃんのひく「カノン」とおなじメロディです。
音楽がもたらす喜びを描いた、あたたかなファンタジー。
いせさんはこれまでにも、『1000の風1000のチェロ』『チェロの木』など、ご自身でも弾かれるチェロについての絵本を創られていますが、今回、ピアノをテーマに取り上げたのは、どういった思いからだったのでしょうか。
実体験のないことや取材なしには描けないタイプなのに、「弾けない」「学んだこともない」ピアノを描いたのですから、自分でも不思議でした。
うちの母は情熱の塊のような人で、自分でためたお金で40歳の時にピアノを買って、個人レッスンを受けて楽しんでいました。でもその後、家庭の事情でピアノを手放したんです。
時が経って、自分の子どもたちに弾かせたくて、私はそのピアノを買い戻しました。でも、子どもたちはバイオリンとチェロを選んだので、結局、誰にも弾かれないまま、そのピアノは、引っ越しのたびに、ずーっと私の部屋についてきていたんです。それをまさか孫が弾くようになるとは思ってもいませんでした。その子が2年前、「ピアノ」という詩をプレゼントしてくれたことで、一気に気持ちがピアノをテーマにした絵本に向かいました。
プロの弾き手などいない普通の家庭の1台のピアノにも、物語がありますね。
1000の風1000のチェロ
作・絵:いせひでこ
チェロの木
作:いせひでこ
いせさんにとっては、初めてのファンタジー絵本でもあると思いますが、取り組んでみていかがでしたか。
むずかしかったけど、制作中はすごくワクワクしました。土台の実生活に翼がはえて、自由になった感じ。音符と一緒に空想の世界に解放された感じ。
「現実に縛られない」ということも、時にはいいことなのかもしれませんね。
もちろん、ピアノの先生にレッスンを見学させていただいたり、貸しスタジオで孫にグランドピアノを弾いてもらって、たくさんのスケッチをしたりしました。
ピアノからあふれる音の場面には圧倒されました。絵本を読みながら、身体じゅうを音色に包まれる体験でした。
音やリズムを色や形にするのは、古今の絵画やアートで誰もがやってきたことだと思います。私は私自身のピアノの「聴こえ方」を探しました。モーツァルトのソナタを繰り返し聴いて(特に、8・11・12・13・15番)、違うピアニストによる聴きくらべもしました。
モーツァルトの晩年の傑作といわれる「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は、ピアノ曲ではなくモテット(宗教的合唱曲)ですが、それを毎日のようにチェロで弾いていました。時には、この絵本の主人公ののんちゃんのように涙が流れました。
おかあさんとふたりの引っ越し、かつておとうさんからもらったトイピアノなど、おとうさんの不在が暗に描かれていますが、音楽にみちびかれて、家族がまたあたらしい一歩を踏み出す物語でもありますね。
引っ越しに伴うさびしさは、子どもの頃から何回も体験しています。すべてが新しくなるって、たくさんのことを捨ててくることでもあると思う。でも、記憶はずーっとついてくるもの。音楽は、それを掘り起こしてくれる、そして、現在と未来にも繋げてくれるものなのかもしれません。
長年、チェロを弾き続けていらっしゃるいせさんですが、いせさんにとって音楽とはどういった存在ですか。
いつも高みにあって自在にはならないけど、ふとした瞬間に自分を解き放してくれるかけがえのないもの。天から降りてくるその瞬間を感じたくて、13歳から弾いてきたチェロを今もやめられないでいます。
いせさんの音楽への思いがこめられた絵本、多くの方に読んでいただけたらと思います。ありがとうございました!
ピアノ
作:いせひでこ