京都人は滋賀県民を「ゲジゲジ」と揶揄? 大阪をちょっと下に見ている?『翔んで埼玉』ザ・ワールドのつくり方<監督とファンに聞いてみた>

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/16

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年12月号からの転載になります。

 バカバカしさに徹した世界観や細部にまでこだわりの詰まった美術セット。こだわりを持って『翔んで埼玉』ワールドをつくりあげる、お2人に話を聞いた。

(取材・文=野本由起)

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武内英樹監督インタビュー>

入念な取材と世界観の作り込みがもたらす“謎の感動”

 このシリーズは、とにかく謎の感動を与えたいと思って制作しています。こんなにくだらない設定とストーリーなのに、理由はわからないけどなぜか感動する。ひどい言葉でさんざんディスられたのに、観終える頃には郷土愛が芽生えている。そんな仕組みを作るには、深い取材が欠かせません。

 今回は2年近くかけて、現地のフィルムコミッショナーから居酒屋で会った人まであらゆる人たちに話を聞き、「ここまではネタにして大丈夫」「これはシャレにならない」と線引きしたうえで脚本に落とし込みました。そこまで徹底してリサーチしないと、表層的な笑いになってしまいますから。

映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』
関西各県について徹底的にリサーチした監督。
そんな中で着目したのが、滋賀県民に愛される交通安全の人型看板「とびだしとび太」。ストーリー上でも重要な役割を果たす。

 そうやって調べていくと、関西の地域性が見えてくるんですよね。関西は関東よりもディスりがキツくて、京都の人は滋賀県民を「ゲジゲジ」「滋賀作」と揶揄することがあるし、大阪をちょっと下に見ている。神戸は神戸で、自分たちはセンスがよくておしゃれだと思って、これまた大阪を下に見ている。かと思えば、大阪府内も南北で雰囲気が違う。でも大阪は自分たちが1番だと思っている。知れば知るほど面白かったですね。

 こうした地域ネタを盛り込みつつ、傷つく人がいないよう、とにかくリアリティを排除しています。「実在する地名だけど、あくまでも別世界のファンタジーです」とサインを出すことが、この映画ではすごく重要。そのために、宝塚や歌舞伎の世界観をごちゃまぜにして、ツッコむほうがバカバカしいというところまで持っていきました。今回は、前作以上にリアリティがないですよ。甲子園の地下に工場なんてあるわけがない(笑)。

 撮影現場では、自分が最前列に座っている観客だという意識を持っていました。目の前の喜劇を見て、素直に笑えたらOK。皆さんの怪演にも磨きがかかっているので、ぜひ楽しんでください。

映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』
野望に向け、共闘する大阪、神戸、京都。だが、彼らも一枚岩ではなく……。
徹底したリサーチのもと、都市間の微妙な関係性をシナリオに落とし込んでいる。

たけうち・ひでき●1966年、千葉県出身。ドラマ『のだめカンタービレ』などの演出、映画『テルマエ・ロマエ』などの監督を務める。『翔んで埼玉』で第43回日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞。

美術担当・棈木陽次氏インタビュー

大阪をどう描き、滋賀をどこまで振り切るか

 僕は長年、コント番組の美術を担当してきました。コント番組では、ひとつひとつ極端なシチュエーションのセットを徹底的に作り込みます。このシリーズも、壮大なコントのような感覚で美術を考えました。

 前作の美術セットでは、宮殿や近未来都市で暮らす東京都民に対し、縄文式の生活をする埼玉県民という対比を表現しました。今回のポイントは、大阪と滋賀、埼玉の世界観の描き方。大阪をどう描き、滋賀をどこまで振り切るかが最大のテーマでした。

映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』
壁の標語やのぼりなど、細部まで手を抜かない。
「笑いを足すのはもちろん、こうした文字情報によってより非現実的な世界観にしています」(棈木さん)

 大阪は、愛之助さん演じる嘉祥寺に象徴されるようなギラギラ感。お笑いと食べ物の文化を強調し、思い切りデフォルメしました。通天閣前のシーンから撮影が始まったので、あの場面で続編の方向性が決まりましたね。嘉祥寺の自宅にも力を入れました。彼の衣装やメイクを見て、「この人が住むのはどんな家だろう」と考えたので、現実感はゼロに。まず置いたのが虎2匹。タイガースのイメージもあるので、虎の間に嘉祥寺を立たせたかったんです。

映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』
滋賀には湖しかないので、人々は水上で暮らしているという設定。
前作の埼玉県民のように虐げられているが、暮らしぶりは大きく異なる。

 かたや滋賀は、前作の埼玉と同じくらい虐げられて暮らしている。そこで、琵琶湖の上で暮らす水上生活者のイメージで美術を考えました。スタジオに大きいプールを作って、水上に船小屋を建てるという大掛かりなセットも組んでいます。撮影前、「どう? 滋賀っぽいでしょ?」と得意げな武内監督に対し、滋賀県出身のくっきー!さん(滋賀解放戦線員・近江役)が「滋賀にこんなところはないですよ!」と言い返していたのが面白かったです(笑)。

 監督は自由にやらせてくれる方なので、他の美術スタッフ、小道具や装飾担当も「面白そうだな」と思ったら、みんな勝手にいろいろやる。その結果、あり得ないくらい詰め込みすぎた世界になったので、細部まで観てほしいですね。

あべき・ようじ●神奈川県生まれ。1991年、フジテレビ入社。バラエティ、ドラマのほか映画『ミステリと言う勿れ』などの美術を担当。『翔んで埼玉』で第43回日本アカデミー賞優秀美術賞受賞。

『翔んで埼玉愛』を叫ぶ!ファンインタビュー

 作家の須賀しのぶさんは生まれも育ちも埼玉県、そして、今村翔吾さんは生まれは京都府、現在は滋賀県にお住まいだ。本作で徹底的にイジられる、埼玉・滋賀に住むお2人が考える、『翔んで埼玉』が愛される理由とは――。

取材・文:野本由起(須賀さん)、立花もも(今村さん)

須賀しのぶさん(作家/埼玉県出身)インタビュー>

伏線を張り巡らせながらも、スッと理解できる巧みな構成に脱帽

 埼玉生まれ、埼玉在住なので、当然前作も拝見しています。埼玉が盛大にディスられていましたが、心当たりのあることばかり。最高のエンタメにしていただいて、コンプレックスも昇華されました。

 ただ、どんなヒット作も『Ⅱ』はトーンダウンしたり、逆にスケールアップしすぎて散漫になったりしがちですよね。実はその点を心配していましたが、まったくの杞憂でした。見事な続編でしたし、埼玉と似たポジションの滋賀にシンパシーを感じました(笑)。

 まず、笑いやあるあるネタに関しては、万人がわかる一番濃い大阪ネタを最大火力で惜しみなくぶつけています。一瞬しか映りませんでしたが、甲子園の名称が「大阪甲子園」になっていたのも面白くて。「ここは大阪なんだ」と言い張る強引さに笑ってしまいました。映画や絵画のオマージュもポンポン出てくるので、心が忙しい。サービス精神旺盛で、何度も観て確認したくなります。

 シナリオも素晴らしかったですね。『翔んで埼玉』が関西も巻き込んで東西対決を繰り広げる訳ですが、そこでどう埼玉が活躍するのか。そのつなげ方、伏線の張り方が実に巧みでした。しかも、いくつもの伏線がちりばめられているのに、一回観ればスッと頭に入ってくる。あの構成は並大抵ではありません。ぜひともコツを教えてほしいです。

 私が書く小説でも国家や民族の分断を扱うことが多いのですが、公平な視点で描くにはとても気を遣います。その点、『翔んで埼玉』は徹底して目線が公平。世界情勢を見渡すと笑えない分断もありますが、笑いに包み込んで描く手腕がさすがです。落としどころもきれいで、被支配者側の問題を誰も傷つかないように描きつつ、支配者側の無意識の傲慢もうまく戯画化しています。目配りが利いていますし、「ほどほどでいいよね」「多様性を認めよう」というメッセージに落とし込んでいる。大笑いしながらも書き手として刺激を受け、とても勉強になりました。

すが・しのぶ●1972年、埼玉県生まれ。94年、『惑星童話』で作家デビュー。『芙蓉千里』三部作でセンス・オブ・ジェンダー大賞、『革命前夜』で大藪春彦賞、『また、桜の国で』で高校生直木賞受賞。

今村翔吾さん(作家/滋賀県在住)インタビュー>

すべての地域にリスペクトしているからこそ、誰もが心置きなく笑える

 前作を観たときは、正直、盛りすぎやろと思っていましたが、滋賀県民として当事者になった今は、よくわかります。細かいネタを拾い集めた“あるある”の宝庫であるこの映画は、案外リアル。

 たとえば、GACKTさん演じる麗が滋賀の山中で遭遇する荷車で流れている音楽。あれは、滋賀の大手スーパー・平和堂のテーマ曲で、劇中に登場したHOPカードも平和堂専用のもの。ご高齢の方は「平和堂さん」と呼ぶほど60年近く愛され、ポイントを現金還元してくれるからみんなが利用する、滋賀の代名詞みたいな存在なんです。他にも琵琶湖を「琵琶湖大橋と近江大橋のどっちから渡るか」問題や、昭和から続く「うみのこ」教育。ネタのディテールがいちいち細かいことには、驚きました。ふなずしの扱われ方にも、声をあげて笑ったなあ。

 今作のヒールは、片岡愛之助さん演じる大阪府知事ですが、彼とタッグを組むのが神戸市長と京都市長というのも“あるある”。洛中だけが京都である、という意識は昔からありますし、滋賀県のみならず和歌山と奈良もずいぶん扱いが違う。関西ならではの地域性や格差を絶妙に笑える形で描いているのもうまいなと思いました。

 属性で他者を揶揄するべきではない、と多くの人が認識している現代で、なぜ『翔んで埼玉』がこれほど多くの人の心をつかむのか。一つは、虐げられる側が立ち上がり強大な敵に立ち向かうという、日本人の肌になじんだ王道ストーリーであること。もう一つは、差別する人間が登場しても、物語全体を通して差別をよしとする描き方はしていないからだと思います。敵である大阪軍に対してさえ、根っこから否定することはせず、すべての地域にリスペクトをもって制作しているのを感じるからこそ、誰もが心置きなく笑えるのではないでしょうか。

 滋賀県民を中心とする当事者は5割増しで楽しめるはず。他県民の方もぜひ、スマホを片手に元ネタを調べながら、細部まで味わい尽くしてください。

いまむら・しょうご●1984年、京都府生まれ。2017年、のちに吉川英治文庫賞を受賞するシリーズ第1作目『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』にてデビュー。22年、『塞王の楯』で直木賞受賞。近刊に『茜唄』、『イクサガミ 地』。

映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』
11月23日(木・祝)全国公開
原作:魔夜峰央『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』(宝島社) 
監督:武内英樹 脚本:徳永友一 
出演:GACKT、二階堂ふみ、杏、片岡愛之助ほか 配給:東映
麻実麗(GACKT)率いる埼玉解放戦線の活躍により、自由と平和を手に入れた埼玉県人。麗と壇ノ浦百美(二階堂ふみ)は、埼玉県人の心を再びひとつにするため、越谷に海を作ろうと計画する。白浜の美しい砂を求め、未開の地・和歌山へ向かった麗。だが、関西では大阪の陰謀が渦巻き、やがて日本全土を巻き込む東西対決へと発展していく。
◎映画公式サイト