イスラエルがガザに大規模攻撃。「世界最大の監獄」「現代の強制収容所」と呼ばれるガザ地区の歴史を知る3冊をご紹介

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公開日:2023/11/5

 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

 2009年、村上春樹によるイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」でのスピーチ「壁と卵」の一節である。賞を受けることを迷ったと丁寧に話した後、村上はこう続ける。〈こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。〉

 2023年10月7日、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を行った。イスラエルは報復としてハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区に爆撃を続け、双方に多くの犠牲者が出ている。パレスチナ保健省はガザ地区からの情報として、少なくとも7950人が死亡、その大半は女性と子供であり、2万人以上が負傷したと発表している。イスラエルの死者数は約1400人。その大半は10月7日のハマスの攻撃によるものである。(2023年10月30日CNN)

 ガザの総人口は約200万人。その約7割に当たる130万人が、「ナクバ」(1948年、パレスチナに「ユダヤ国家」を掲げるイスラエルが建国され、その地に住んでいたイスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人70万人が難民となった。これをナクバ(大破局)と呼ぶ)で難民となってガザにやってきた者たちとその子孫だという。ガザの面積は365平方キロメートル。東京23区の面積の6割程度である。

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 2007年以降、ガザはイスラエルとエジプトによって封鎖されており、人と物の出入りが制限されている。「世界最大の監獄」「現代の強制収容所」と呼ばれるガザ地区は、なぜ生まれたのか。彼らパレスチナ人が持つ歴史はどのようなものなのか。詳しく解説する書籍や訳書は多くある。本記事ではその中から3冊ほど紹介したい。

パレスチナ問題の展開
パレスチナ問題の展開(放送大学叢書)』(高橋和夫/左右社)

 中東問題を体系立てて考えるにあたって、まずは『パレスチナ問題の展開(放送大学叢書)』(高橋和夫)を読んでおきたい。ナチスによるホロコーストで難民となったユダヤ人たちが唱えた「国のない民へ、民のない国を」というスローガン。本書ではユダヤ人たちシオニストがどのようにパレスチナへ流れたのか、という話から始まる。アラブ世界、IS、シリア内戦、そしてアメリカの中東政策。国際政治のダイナミズムの中での中東情勢をわかりやすく解説した一冊である。

ガザに地下鉄が走る日
ガザに地下鉄が走る日』(岡真理/みすず書房)

 次に、実際に中東を訪れ、そこに暮らす人々と関わった日々を記録した『ガザに地下鉄が走る日』(岡真理/みすず書房)を挙げたい。2018年に出版され、当時の人々の生活と複雑な歴史が身近に感じられる。特に今回はイスラエルのガザ攻撃時の現地民の証言に注目したい。第二次インディファーダ(2000年から2005年まで続いたイスラエルとパレスチナの武力衝突)によって、ヨルダン川西岸地区とガザ地区に、検問所および障害物が設けられた。病人を病院に輸送できずに亡くなったり、妊産婦を乗せた車が検問所で待たされ、路上での分娩を余儀なくされたりした。そして2008年12月27日に始まり、翌09年1月18日まで22日間にわたり続いたイスラエルのガザ攻撃である。<それは想像を絶する攻撃だった。アウシュヴィッツのあとで、人間が人間に対してなしうることに想像を絶することなど、もはや何一つないのだとしても。>ミサイルや砲撃の雨が22日間降り注ぎ、死者は1400人。4年数ヶ月に及ぶ第二次インディファーダの死者数は3000人だから、その半分近くがたった3週間で殺されたことになる。本書ではアブデルワーヘド教授による必死の「発信」の数々が引用されている。<ガザには一瞬たりとも安全な場所などどこにもない!>

溺れるものと救われるもの
溺れるものと救われるもの(朝日文庫)』(プリーモ・レーヴィ:著、竹山博英:訳/朝日新聞出版)

 最後に、『溺れるものと救われるもの(朝日文庫)』(プリーモ・レーヴィ:著、竹山博英:訳/朝日新聞出版)を挙げる。アウシュヴィッツから生還したレーヴィは、名著『これが人間か』を書き上げる。その40年後、記憶の風化を恐れて改めて出版したものが本書である。強制収容所に囚われた人間の恐ろしい体験。そしてどうしても想像してしまう、ユダヤ人たちがどれほど「国」を求めていたのかを。アウシュヴィッツの解放記念日には、ホロコースト追悼記念式典で「このようなことを二度と繰り返してはならない」という誓いが語られる。だが、今まさにイスラエル人が行っていることこそが「繰り返し」ではないのか。

 私にとってラーゲル(筆者注:強制収容所)は、ラーゲルについて書いたことは、非常に重要な体験であって、私自身を根本的に変え、私を成熟させ、生きる動機をもたらした。これはうぬぼれかもしれない。しかし今日私は、囚人番号174617は、あなたのおかげでドイツ人に語りかけ、彼らが行ったことを思い出させ、「私は生きている、そしてあなた方に判断を下すために理解したい」と言うことができるのだ。

 本記事で紹介した3冊以外にも、パレスチナを巡るたくさんの書籍が出版されている。サラ・ロイ、ナージー・アル・アリー、イラン・パぺ、早尾貴紀、高橋美香、藤原亮司……。2冊、3冊と手に取り、歴史と思考を繋ぎ合わせていくことを勧めたい。

 私たちにできることは、まずは知ることだ。そこに生きている、ついさきほどまで生きていた人々の歴史を知り、遺すこと。それがいま生きている私たちにできる、最善のアクションだと信じたい。

文=高松霞