「サンドウヰッチ」「チッケンライス」って何のこと? 大正時代の夫婦の家計やりくり料理に心がほっこりするグルメ漫画
PR 公開日:2023/11/18
たまに食べる豪華で特別な料理も魅力的だが、疲れたときやほっとしたいときに食べたくなるのは、やっぱり普通の「素朴だけどおいしいごはん」。外食や出来合いの料理にはない、派手さはなくとも飽きないあの魅力は、いったい何なのだろう……。
『大正の献立 るり子の愛情レシピ』(さかきしん/少年画報社)は、そんな家庭料理で支える妻と、かけだし小説家の食卓を描いたグルメ漫画。2023年11月13日には5巻が発売された。
大正時代の日本が舞台となっている本作品の主人公は、かけだし小説家として夢を追い続ける作家・柳沢総次郎と、そんな総次郎を支える妻・柳沢るり子。小説家になりたての総次郎は、日々小説を書き続けるも、なかなか企画が通らず苦戦する毎日を送っている。収入も少なく、当然2人の生活は決して裕福ではない。だが、るり子はそれをすべて受け入れ、笑顔で総次郎を支えながら、家計をやりくりしつつおいしい料理を作っている。
るり子の料理は、献立を考えるところから食卓のセッティングまで、すべてに総次郎への愛がたっぷりこもっている。例えば、総次郎が「僕の小説がもっと売れれば…るり子さんにも銀座で食べさせてあげられるのにな…」とハヤシライスの思い出を語れば、食べたこともないそれを見よう見まねで作ってしまう。さらには普段使っていない食器やワイングラス、テーブルクロスを引っ張り出し、洋食屋のような食卓を演出。そして、銀座で食べるよりも家で一緒にごはんを食べられる方が幸せだと笑顔で伝える。
総次郎も、一方的にるり子の厚意に甘えているわけではない。積極的に家事にも参加し、るり子という一人の人間を大切にしながら尊重する。女性に対して高圧的な態度をとる男性が多かったと思われるこの時代としては、かなり珍しい関係だったのではなかろうか。るり子も、そんな総次郎が相手だったからこそ「一緒に頑張りたい」と前向きに支えられたのかもしれない。
こうした温かい関係のほか、レトロな大正時代の文化を感じさせる風景やワードにも注目したい。「バター」は「バタ」、「パンケーキ」は「パンケーク」、「小麦粉」は「メリケン粉」と、単語一つとっても今とは違う。調理器具や調味料もまだまだ未発達で、マヨネーズも存在しない。4話に登場する「玉子サンドウヰッチ」も、茹でて裏ごしした卵、塩、胡椒、酢を混ぜたものが使用されている。マヨネーズはなくても、その原型を感じさせる組み合わせなのが趣深い。
ほかにも、「チッケンライス」「クロケット」など、一瞬何のことか分からないメニュー名もあり、クイズのような面白さも。また、るり子の料理には、元となるレシピとは違った独自の作り方で進められるものもあり、そこもまたリアルで料理好きにはたまらない。
話が進んでいくと、総次郎の小説家としての仕事も少しずつ軌道に乗り始める。
最初は持ち込んだ企画も通らなかったのが、「ぜひ書いてほしい」と向こうから仕事をもらえるようになっていくのだ。その中で、時代が時代だけに、途中から芥川龍之介など著名な作家の名前も「そこに生きている人」として登場する。
これからも、きっと総次郎は少しずつ作家として活躍の場を広げ、るり子は素朴ながらも心に沁みる料理で彼を支えていくことだろう。日々忙しい中に身を置いていると、ついつい「時短」「手間なし」を優先してしまいそうになるが、たまにはるり子のような丁寧に生きる贅沢さを感じてみるのもいいかもしれない。筆者も2人のように、目の前の人を思いやる気持ちや余裕を忘れずに生きたい。
文=月乃雫