漫画家・清野とおるが赤羽以外に住むなら?「“街ごとの自分”を作りたい」と、第2の故郷“スペアタウン”について語るインタビュー

マンガ

公開日:2023/11/10

スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~
スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』(清野とおる/集英社)

東京都北区赤羽』や『さよならキャンドル』の著者・清野とおるさんの最新作『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』(集英社)が10月26日に発売された。これまでに、赤羽をはじめとするさまざまな街を訪れては、唯一無二の個性や魅力を見いだしマンガにしてきた清野とおるさん。だが、今作では有事に備えて自分のホームタウンに代わる街“スペアタウン”を探す……そんな新たな目的と視点で街を見つめる。本記事は、清野とおるさんのスペアタウンの一つである「蒲田」へと赴き取材を敢行。そこから見えきたスペアタウンの極意とは?

取材・文=ちゃんめい

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『さよならキャンドル』とは真逆のことをやりたい

――そもそもどのような経緯で『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』を連載することになったのでしょうか。前作『さよならキャンドル』の第一部完結後、すぐに連載をスタートされましたよね。

清野とおる(以下、清野):『さよならキャンドル』を描いているときは、なんかもうずっと“キャンドルにいる”んですよね。寝ても覚めても、かつて十条という街の片隅に存在していたスナック「キャンドル」というお店の中にずっと籠っているような感じで、結構苦しかったんです。

 そういった閉塞感を抱いている時期に「UOMO」編集長・池田さんから「UOMOマンガ」連載の打診があったのですが、もし次描くなら『さよならキャンドル』とは真逆のことをやりたいなと。一つの街に囚われることなく、自分から面白ネタを取りにいくわけでもなく、自分の好きな全国各地の街を訪れたり……。もっと自由にやりたいと思ったんです。

 正直、「UOMO」編集長と聞いたときは、もうファッショナブルでオシャレの最先端というか、街でたとえるなら代官山や中目黒みたいな敵側の人間なのかなと思っていたのですが(笑)、いざ池田さんにお会いしてみたら、馴染みのない街をふらっと訪れたり、大衆居酒屋やサウナ、銭湯がお好きだったり……。僕と結構似たようなことをライフワークとしてやられていると知り、じゃあ一緒にやるとしたらどんなテーマが良いかな? と構想を練っていきました。

きっかけはホームタウン「赤羽」の変化

――そこからどのようにしてスペアタウンへと辿りついたのでしょうか。

清野:実は前々から“住む目線での街歩き”っていう漠然としたイメージだけはあったんですよ。というのも、ホームタウンの「赤羽」がここ数年でかなり変わってきてしまって……。例えば、それまで行きつけだったお店も今ではもう数えるほどしかないですし、昔よく一緒に飲んでいた人から久々に連絡がきたなと思ったら“死の連絡”だったり。新規の交流もそんなにないので、この先どんどん減っていく一方だなと。

 もしこの状態からさらに人災や天災が起きたとしたら、果たして「住める街カード」が赤羽一枚のままで良いのかな? という不安がよぎったんです。もちろん本当はこのまま赤羽に住み続けたいですけど、万が一のために、もう住めるレベルで馴染みの街をどんどん作っていこうという魂胆です。今日は蒲田にいますけど、ここにいるときはもう“蒲田の人間”としてね。今、こうして座っています。

スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~

――スペアタウンというネーミングもすごく秀逸ですよね。特に悩まずスッと決まったのでしょうか?

清野:実は「エスケープタウン」というのも候補にありました。でも、エスケープ(脱出する)よりも予備で手元に備えておくという意味の方が良いのでスペアタウンになりました。

 スペアタウンと似たようなものとしてセカンドハウスという言葉がありますが、この2つには大きな違いがあるんです。セカンドハウスは、例えば沖縄や軽井沢とか都会の喧騒から離れて暮らす……今の暮らしにはないものを求める贅沢な行為。一方で、スペアタウンとは、ホームタウンの複製というか本当に有事の際の予防線。だからスペアタウンは決して贅沢な遊びじゃないんです。

往年の赤羽が天然の形で残っている? スペアタウン「蒲田」

――本日は作中にも登場する清野先生のスペアタウン「蒲田」でお話を伺っていますが、今日の蒲田の湯加減はいかがですか?

清野:今日はもう心地よい炭酸泉のような、いつまでもいられるようなちょうど良い湯加減。もはや体温です。ただ、今日は土日なのでいつもより混んでいますね。改札でもなかなかSuicaをタッチさせてくれませんでした(笑)。

――蒲田のスペアタウンとしての魅力はどんなところにあるのでしょうか。

清野:やっぱり人と店です。僕が好きだった往年の赤羽がいろんなところに、しかも天然の形で残っているんですよ。作中にも登場しますが、あの“どんぶり”を発見したとき、もう完全にスペアタウンだって思いましたね。

ふとした瞬間にそこで住んでいる自分の姿が浮かぶ

――蒲田はもちろん、多摩センターや熱海など、作中では清野先生が以前訪れたことがある街がスペアタウンの候補として登場します。そもそもどのようにして候補を選んでいるのでしょうか。

清野:まずは、前々から気になっている街や好きな街を旅行感覚で訪れます。少し前ですが、「GoToトラベル」を利用するとお得に旅行ができる時期があったじゃないですか? その時に、毎週のように都内の気になる街に泊まりに行っていたんです。多摩センターはその時期に出会った街ですね。晩秋の多摩センターに降り立って、京王プラザホテルに宿泊したとき、ここに住んだらなんか良いかもなって思ったんですよ。

――“なんか良いかも”には、何か明確な基準があったり……?

清野:最初は普通に訪れて、普通に楽しんでいるんですけど、ふとした瞬間にそこで住んでいる自分の姿が浮かぶ。そういう街は相性が良い気がしています。

――反対に実際に行ってみたら“なんか違う”という経験もあるのでしょうか。

清野:赤羽と似ている街としてよく挙げられるのが蒲田なんですけど、もう一つが新小岩。この3つの街は、歴史や土地、街の成り立ちなど色々と共通点があるんです。

 今のところ蒲田とはうまくやれているので、それなら新小岩とも仲良くなれるんじゃないかと思って、何回か行ってみたんですけど、なんだか噛み合わないんですよね。駅前の雰囲気は赤羽や蒲田と通ずるものがあるんですけど、お店に入っても特に何も起きず、辻褄が合わないといいますか。こちらは新小岩のことが好きなのに、振り向いてもらえないかんじです(笑)。20代の怖いもの知らずの自分だったら、もっと突っ込んでいくのかもしれませんが「スペアタウン」は別にネタ探しが目的のマンガではないので……。

“スペアタ運”をあげることの大切さ

――熱海回で、その土地の神様にご挨拶をされている姿が印象的でした。スペアタウンを訪れる際は必ず参拝されているのでしょうか。

清野:基本的にやっています。その街での運気“スペアタ運”をあげることによって、その街との関わり方をより良い方向に変えられるんじゃないかとずっと考えているんです。

 参拝以外にも、例えば今日だったらまず蒲田駅に降り立ったとき、改札で大きい深呼吸を3回するんです。外側からではなく、内側からその街を馴染ませていくような感覚ですね。その後は喫茶店に入って、まず普通のお水をいただく……スペアタウンの水を体内に入れる。そうすることで、街とのシンクロ率が高まるというか、スペアタ運が変わってくると思うんです。

――スピリチュアル関係なく、初めて訪れる遠方の地では私もまずはご挨拶がてら参拝をする派なのでその感覚わかる気がします。

清野:そうなんですよ。もう神様がいる、いないとかの話ではないんですよね。街との向き合い方というか、神様という漠然としたものを意識することで自分の行動も変わるじゃないですか? そうすると、きっと悪い方向には転ばないだろうなと。そういったスペアタ運については、今絶賛描いている途中でして。おそらく12月頃には公開できると思うので、楽しみにしていてほしいです。

――ちなみに、マイ・スペアタウンに認定した街にはどれくらいの頻度で通い詰めているのでしょうか。

清野:頻度は決めていませんが、結構通い詰めています。積極的に足を運んで街への解像度をあげていくと言いますか、やっぱり行けば行くほどスペア度は高まると思います。来月中(11月)にはまた多摩センターへ行く予定です。作中にも登場しますが、紅葉を迎える頃の「大塚神明社のイチョウ」が本当に綺麗なんですよ。

スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~

「“街ごとの自分”を作りたい」原点にあるのはホームタウン・赤羽

――これまでもさまざまな街を訪れては、唯一無二の個性や魅力を見出しマンガにされてきましたが、今作では人ではなく徹底的に土地と向き合っているように感じます。

清野:そうですね、土地、街ですね。実は前々からやりたかったことがあるんです。それが、全然縁もゆかりもない街をゼロから開拓していくというもの。まずは一つのお店と仲良くなって、そこに集う常連客と交流を深めて、そこからじわじわRPG感覚で広げていくみたいな………“街ごとの自分”を作りたいんです。例えば、赤羽だったら居酒屋「ちから」というお店があって、そこを起点にどんどん広がっていった。あの感覚を他の街でもできたら嬉しいなって思います。

――ちなみにスペアタウンができたことで、ホームタウン・赤羽への捉え方に何か変化は生まれましたか?

清野:あります。スペアタウンからホームタウンに戻ってきたときはなんだか浮気して帰ってきたかのような(笑)。「ごめんね? そうはいっても赤羽が一番だよ? ずっと住みたいよ?愛してるよ? 」みたいなことを赤羽に対して思いました。

――なんだか街の擬人化みたいですね(笑)。

清野:街も人ですからね。人の集合体が街をなしているので。僕は、土地の縁「地縁」という言葉がすごく好きで、その地縁をいかに良い形で結んでいけるのかをよく考えています。そのためには、先ほど話した通りスペアタ運をあげていくしかないですよね。

――地縁はいつから意識しているのでしょうか。やっぱり幼い頃からとか……?

清野:赤羽に住んでからです。昔は神も仏も一切信じていなかったのですが、赤羽に住んでからもう偶然では片づけられないような体験をたくさんしました。これって一体なんだろう? とその正体を突き詰めると、行き着く先がその土地の神様だったり、土地に根付いた記憶だったり……。全ての出来事には、目に見えない力学が作用しているんじゃないかと思ったんです。そういう力が他の街でも体験できるのか? と、スペアタウンにはそういう興味もありますね。

――やっぱり原点には赤羽があるんですね。

清野:そうです、もう全てにおいて僕の軸になっていますね。

「この街にいるときの自分が好き」そう思える街はスペアタウン候補

――原点にはホームタウン・赤羽がありつつ、今作では人よりも街と徹底的に向き合われているからこそ、創作に対する心境の変化もあったのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

清野:今まではたとえるなら旅行というか、自分の知らない体験をするのはすごく楽しいけれど疲れるんですよね。ですが、スペアタウンはホームタウンと同じように、日常の延長線上にあるもの。だから、前のめったりしないんです。遠方まできてもサイゼリヤに入れる余裕と言いますか、怪しいスナックや居酒屋を見つけても無理して入らない(笑)。入るべきタイミングが来たら入れば良いかなと。ただ、やっぱりマンガなので、毎回同じようなテンションでやっても描いている身としても刺激がないので、そこは工夫しながら緩急をつけて描いていきたいですね。

――豊橋編は『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を彷彿とさせるハイテンションな展開になっていて、いち読者としては非常にワクワクしました。

清野:Xを見るとみなさんの反応がわかるのですが、豊橋の方って豊橋大好きですよね! 街に対する愛情がすごい。あと、蒲田の方も自分の街にすごく愛着があるなという印象です。こういった反応が見られるのは、描いていて楽しいことの一つです。

――最後に、もしもこれからスペアタウン探しにチャレンジする読者の方にアドバイスをするとしたら何を伝えたいですか?

清野:どこか街へ行く機会があったら、あまりスペアタウンとか意識せず普通に楽しんでみてほしいです。そして、その街に住む自分の姿を意識的に想像してみることから始めてみてください。もしここに住んだらどのスーパーを常用しようか考えたり、具体的にどこに住むのか家賃を調べてみたり……。そういうことを繰り返していくうちに、どんどん自分が住んでいるイメージや、その街ごとの違う自分が想像できるんです。

 あとは、この街にいるときの自分いい感じだなって。そう思える街がたまにあるんですよね。例えば、僕にとって渋谷や六本木は落ち着かない街。でも、蒲田や多摩センターにいるときの自分は、ホームタウン・赤羽にいるときと全く同じとまではいかないけれどいい感じなんです。この街にいるときの自分が好き、そう思える街は良いスペアタウン候補です。