漫画家・清野とおるの愛読書は実録事件もの。「僕の知らない“圧倒的な現実”を知りたい」と選んだ2冊とは?【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/11

清野とおるさん

 著名人の方々が、お気に入りの本をご紹介するインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただいたのは、最新作『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』(集英社)を刊行されたばかりの漫画家・清野とおるさん。「愛読書って自分の脳内と言いますか、手の内を見せるような恥ずかしさがありますよね……」と躊躇いながらも今回特別に教えてくださった本とは?

取材・文=ちゃんめい

実録事件ものの本が大好き 『罪を償うということ』が斬新である理由

――早速ですが「愛読書」と聞いて思い浮かぶ本を教えてください。

清野とおる(以下、清野):僕は昔から実録事件ものの本が大好きで、今まで色々な本を読み漁ってきました。基本的には、ライターさんや記者さんの目線で取材をもとに事件や犯人、被害者を掘り下げていく形式がほとんどで、稀に加害者自らが犯した罪を独白するような本もありますけど、『罪を償うということ自ら獄死を選んだ無期懲役囚の覚悟』(美達大和/小学館)に関しても後者の部類の本です。でもこの本は、それまで僕が読んだ加害者本とは一線を画す一冊で。

――無期懲役囚である筆者が、監獄事情を獄中からルポするという衝撃の一冊ですよね。

清野:作者の美達大和さんはとんでもなく頭の良い文章を書かれる方で、罪を犯した時の心境、その後の心境の細かな変化など、理路整然と俯瞰して言語化されているんですよ。

 獄中での人間観察力もずば抜けているし、ユーモアやギャグセンスまで兼ね備えているし、読んでいて普通に可笑しくて笑ってしまった箇所もあるし、「本当にこの人が2件もの殺人事件を?」と、別の意味で恐怖を感じてしまいましたね。

――本作を読んでどんなことを感じましたか?

清野:実は裁判の傍聴に行くのが大好きで、赤羽の隣にある浦和の「さいたま地方裁判所」にたまに行くのです。そこに行くと、本当に気軽に殺人鬼と出会えてしまうのですが、傍聴するたびに「自分と大差ないな」と思ってしまうことがあるんです。なんだか紙一重といますか……。『罪を償うということ 自ら獄死を選んだ無期懲役囚の覚悟』は、そういったモヤモヤとした疑問を美達大和さんが言葉にしてくれるように感じます。

ストリートビューで実際の現場を辿った『ある行旅死亡人の物語』

ある行旅死亡人の物語
ある行旅死亡人の物語』(武田惇志、伊藤亜衣/毎日新聞出版)

――本日はもう一冊、「愛読書」をご用意してきてくださったんですよね。

清野:『ある行旅死亡人の物語』(武田惇志、伊藤亜衣/毎日新聞出版)は、現金3,400万円を残して謎の孤独死を遂げた高齢女性の正体を2人の若手記者が探るノンフィクションで、最初はちょっと『さよならキャンドル』みたいな感じがして惹かれたんです。

――『さよならキャンドル』は、かつて清野先生が通い詰めた十条のスナック「キャンドル」を舞台にした物語ですよね。確かに、キャンドルのママも最後までミステリアスな存在でした。『ある行旅死亡人の物語』を読まれてどんな感想を抱きましたか?

清野:最初の10ページを読んだらもう止まらなかったです。なぜ現金3,400万円を残して孤独死したのか? 私物もたくさん残っているのに、調べれば調べるほど正体がわからなくなっていく。なんだか現実に起こった出来事だと信じられないくらいです。読み返すのはもちろん、ストリートビューで実際の現場を辿りまくった挙句、つい先日尼崎の現場まで行ってしまいました(笑)。

僕の知らない“圧倒的な現実”を知りたい

――冒頭で実録事件ものの本が大好きと仰っていた通り、ノンフィクションの2冊をご紹介いただきました。清野先生は、実録事件もののどんなところに魅了されているのでしょうか?

清野:漫画にしろ、小説にしろ、僕はあまり創作モノって読まないんです。もちろん、創作モノに面白い作品がたくさんあるのは理解していますが、でも結局は一人の作家さんが考えた空想の産物だと。あと、自分には絶対描けないような創作モノの面白い作品を読むと凹みますし(笑)。

 それよりも、僕の知らない“圧倒的な現実”を知りたい。人間のドロドロとした汚く醜いところを知りたいんです。

――裁判の傍聴に行くのと同じような感覚でしょうか。

清野:そうですね。人間って嫌だな、怖いな、気持ち悪いなって。そういうリアルな部分に触れると、自分も生きていていいんだって思えるんです。

――最新作『スペアタウン ~つくろう自分だけの予備の街~』の池袋回でも、凄惨な事件があった現場につい足を運んでしまうといったエピソードを明かされていましたね。ということは戦国時代の合戦や古戦場巡りもお好きだったり?

清野:近場で大きな事件が起きるとすぐに現場に行ってしまうんですが、戦国武将となると写真も残っていないし、昔すぎて存在すら不確かだからあまり現実感が湧かない……ちょっと違うんです。近ければ近いほど、現実感を得られると言いますか。

――ご紹介いただいた本はもちろん、事件現場巡りも、人の生と死をダイレクトに感じるものです。気持ちの面で負担を感じることはないのでしょうか?

清野:死者に対してご冥福を祈るとか、そんな綺麗事を言うつもりはありません。でも、決して冷やかしに行っている訳でもないので、そういった思いをしたことはないですね。今のところは。

<第36回に続く>