その怪談、深掘り禁止。謎めく恐怖エピソードを収集した先に漫画家を待ち受けていたのは…『コワい話は≠くだけで。』
公開日:2023/11/29
【怖い場面あり、苦手な人は閲覧注意!】
幽霊の話をしていると何か不可解なことが起こる、怪異を呼び寄せる、と言われている。100個目の話を語り終えたときに怪しげなことが起こるという「百物語」もその一つだろう。不吉なことが起こるかもしれないのに、なぜ人は怖い話を求めるのか。
『コワい話は≠(き)くだけで。』(景山五月:漫画、梨:原作、KADOKAWA)は情報提供者から直接聞いた怖い話を描いたホラー短編集だ。学生の噂話、動画配信中の不可解な現象、駅での何気ないようにも思える出来事など、誰にでも起こり得るような話ばかり。身近に潜む恐怖に、ホラー好きでなくともついついページをめくる手が止まらなくなる。
収集された、現代的でリアルな怪談エピソード
ではここから、私が印象に残ったエピソードを厳選し、いくつか紹介していく。
【補完】
近畿地方で働く健人さんは、昔自分の部屋を整理しているとき、押し入れの奥から葉書のような厚紙を見つけた。そこには「ありがとうございましたなりました」という一文と自分の名前、そして「ふなべかずこ」という名前が書かれていた。その夜、人間ではない何かが現れる。“それ”は厚紙を押し入れにしまいこみ「けんとくん」と話しかけてくる。彼の運命は――。自分を知っているような口ぶりの怪異に話しかけられる、想像しただけで変な汗が出てきた。この話の後日談もゾッとしたし、合わせてもやもやが残った。
【閑静】
情報提供者が高校生の従弟に聞いたという話。その従弟は、友達が夜中に出歩いているのを当時友達の間で流行っていた位置情報アプリで確認。彼と通話をすると、勝手に知らない家に入っているという。だがそこはアプリでは空き地である。ビデオ通話に切り替えると誰もいない布団と、その前に従弟の友達の遺影が。従弟は急ぎその場所に走ると……。私が情報提供者の従弟だったら、この体験をして深夜に友達を救いに走れるだろうか。正直怖すぎて足が動かないだろう。
【培養】
情報提供者が近くに住んでいた住宅街に、何の変哲もない三人家族の住む平屋があった。家族が旅行から帰ってきてから、深夜に喝采のような大声が聞こえてくるようになる。それから1週間ほどで、その家族の親戚のような人々が来て家を片付け空き家として「売家」と書いた紙が張られた。そこへ高校生が肝試しで忍び込む。部屋には不思議な家族写真が残されていた。ただ写真の家族の後ろに、心霊写真とも言い難い成人男性の首がくっきりと写っているのだ。そして高校生たちはあることに気づくのである。シンプルな気色の悪さと不気味さで、読後感の悪さは本作の中でトップクラスだ。
文章だけでは伝わりにくいかもしれないが、最初に書いたようにどのエピソードもリアル。実話怪談であるうえ、話してくれた提供者も若く日常的で現代的、そして現在進行形ではないかと思わせる怖さ、不思議さがあるのだ。
もはや聞くだけでは終われなくなる
作者の景山五月氏は怪談の提供者に話を聞き漫画にしながらも、それ以上は深掘りはせず、余計なことを考えないようにしていた。彼女はそもそも怖い話が苦手で、深く関わると現実に起こってしまうような気がしていたからだ。「聞いたことを描くだけにしたい、そういう話ってあんまりかかわるとほんとうになっちゃう気がするから」と言っていた景山氏だが、漫画を描いていくうちに、嫌でも過去のエピソードを思い出してしまう。そして全ての怪談にはまったく関連がなかったはずなのに、つながりに気づくように……。
怪談のオムニバス漫画だと思って読んでいたら、1巻を読み終えたところで、鳥肌がたった。あるキーワードがまったく関係のないはずの怪談どうしをつなぎあわせ恐怖を増長させていく。続く2巻でも、怪談が見えない糸でつながるような描写があり、やがて――。
「怪談を聞くだけ」にしたかった景山氏は、この先に何を知って、何を描くのだろうか。そして私たちは何を読むことになるのか。私は今、何かに憑かれたように本作の続き、そして結末が気になってしかたがない。それがたとえ、どんな恐怖であってもだ。読んだあなたもきっとそうなるはずだ。
文=古林恭