女性の高学歴化と少子化は、国によって関係性が違う。「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」というジェンダー規範を経済学から見つめ直す1冊
公開日:2023/11/19
「ノーベル経済学賞に男女間の格差是正など研究のゴールディン氏」(NHKニュース/2023年10月9日)
「「日本は女性を働かせるだけではだめ」 ノーベル賞・ゴールディン氏」(毎日新聞ウェブ版/2023年10月10日)
こうした見出しのニュースが日本の大手メディアで報じられたように、珍しく注目を浴びた2023年のノーベル経済学賞。注目された理由としては、
・クラウディア・ゴールディン氏(ハーバード大学教授)が同賞では史上初の女性単独受賞を達成したこと
・受賞の理由として挙がった「男女の賃金格差の要因解明などの研究」が、日本にとっても非常にタイムリーかつ重要なテーマであること
・受賞の記者会見で、日本の出生率の低さや男女の賃金格差に言及したこと
などが挙げられるだろう。
そんなゴールディン氏の著書としては、2023年3月に『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』(慶應義塾大学出版会)が翻訳されているが、より広く「経済学でジェンダー格差がどのように研究されているか」を知りたい人には、中公新書の『ジェンダー格差 実証経済学は何を語るか』(牧野百恵)もオススメだ。
同書では、主に第5章と第7章、終章などでゴールディン氏の研究を紹介。その研究内容のみならず、実証経済学×ジェンダー格差の研究全般の面白さが分かる内容となっている。
主義や信条を排除し、科学的にジェンダー格差を研究
本書『ジェンダー格差』で紹介される実証経済学の研究は、いずれも統計学を用いることで厳密な因果関係のエビデンスを示したものだ。
ジェンダーにまつわる問題は、(主にジェンダー平等に反対する人々により)「主義や信条の問題」として扱われることで、激しい対立が起こりがちだ。だが実証経済学では、“主義や信条はさておき”という態度でジェンダー格差を科学的に研究する。その冷静な視点は本書の記述にも通底している。
たとえば本書では、「女性の政治家が増えると子供向けの政策や福祉政策が手厚くなる」といった“いかにもあり得そう”な主張についても、エビデンスを示しつつ解説。両者の相関関係は認めつつも、「女性の政治家が多くなった結果、福祉政策が充実した」という因果関係があるとは言い切れない……としている。
さらには「直感と反するエビデンス」を示す研究も紹介。たとえばインドでは、成人女性の賃金を引き上げたところ、代わりに家事を担う女の子の学習機会が奪われ、むしろ将来にわたるジェンダー格差につながった例があるそうだ。
また日本のジェンダー格差解消を意図した法律や制度が、立法化はされても意図した結果を生み出していないことにも言及。男性の育児休暇制度の拡充により、かえって男性に比べて女性が社会で活躍しにくくなった……という研究結果まであるという。
法整備をして、「格差をなくしましょう!」と訴えただけでは、社会は変わらないし、意図とは違う方向の変化が起きることもある。当たり前のことなのだが、本書はそうした事例を科学的に証明した実証研究を多く紹介している点に読みどころがある。
「SDGsが高らかに謳っているような、もっともらしいけど根拠が薄弱な解釈をそのまま受け入れるのではなく、そこに因果関係は本当にあるのかという批判的な考え方を忘れないでほしいと思っています」という著者の冷静な言葉は、多くの人が納得できるものだろう。
「女は育児」といった規範の影響も大きい
では、ジェンダー格差解消を訴えるメッセージを広めることには、何の意味もないのか……というと、決してそんなことはない。実証経済学の研究では、「男性は家族を養うべき」「女性は育児をすべき」といったジェンダー規範が、ジェンダー格差にもたらす影響が大きいことも明らかにされているからだ。この点は日本人の読者も体感として理解できることだろう。
たとえば「女性は数学を中心とした理系分野が苦手」という言説については、親や教師などのアンコンシャス・バイアスの影響が大きい……という研究結果があるという。また女性のリーダーが増えると、次世代の女性たちにジェンダー格差解消のプラスの効果をもたらすという「ロールモデルの重要性」を示す研究結果も紹介されていた。
なお、ジェンダー規範のあり方は、国や地域により異なるもの。そのため、同じような社会・経済の変化が、国によって異なる影響を生み出すこともある。
たとえば北欧諸国などのジェンダー規範の弱い国や地域では、高学歴な女性ほど結婚するし子供を産む一方で、日本のようなジェンダー規範の強い国では、女性の高学歴化と少子化が強い相関を示しているという。
では、そんな日本のジェンダー格差や少子化問題をどう解消していくべきか……と考えるうえでも、「エビデンスに基づく政策立案」を後押しする実証経済学の研究結果は非常に役立つもの。また一人ひとりの有権者がその知見に触れ、自らの認識を変えることができれば、それも日本のジェンダー格差の解消の足がかりになるだろう。
文=古澤誠一郎