「料理が苦なら、手を抜いたっていい」おかずなし、冷蔵庫の余り物でも満ち足りた食事に。「賛否両論」笠原将弘による一汁一飯のすすめ

暮らし

更新日:2023/11/12

笠原将弘さん

 予約が取れない店「賛否両論」のマスターで、料理家である笠原将弘さんが、『和食屋が教える、旨すぎる一汁一飯 汁とめし』(主婦の友社)を刊行。「汁とめし」というシンプルな食事の、しみじみとした美味しさを教えてくれる本です。品数が少ないから、料理が得意ではない人や、暮らしの中で料理が苦になっている人にも、うってつけ。

 お子さんに毎朝作っていたお弁当のレシピをまとめた本でも話題になった笠原さん。子育てをしながらの料理、そして大きくなった子どもが喜んで食べる食事とは。料理と子育ての話を、笠原さんに伺いました。

取材・文=吉田あき、撮影=水津惣一郎

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お味噌汁は、冷蔵庫の余り物を全部入れて具沢山に

——ご自身もよく作るような「汁とめし」はありますか?

笠原将弘(以下、笠原):具沢山の味噌汁はよく作りますよ。冷蔵庫にちょっとずつ残ってる野菜や豚コマを入れて。そういうのを煮て味噌汁にしたら、もうそれだけで美味しいじゃないですか。冷蔵庫の片付けにもなるし。やっぱり年を取ると…シンプルなのがいい。

——納得です(笑)。野菜も肉も入ればバランスも良さそうですね。

笠原:それはあるよね。汁みたいに火を通したほうが野菜をたくさん取れるし。僕の場合はとにかく無駄が嫌いだから、肉でも、豚と鶏がちょっとずつ余っていたら両方入れちゃう。

——豚と鶏を一緒に?

笠原:そう。家だったら何をしてもいいと思ってるから。肉も野菜も取れて一食まかなえるし、酒のつまみにもなる。あとはもう、冷蔵庫に入ってるような漬物や梅干しを添えれば、それで一食になる。

 まあだから、このレシピの中でよく作るのは豚汁かな。季節ごとに入れる野菜を変えるだけでアレンジになるし、基本は味噌味だけど、たまには醤油味や塩味にしてもいい。今日はちょっとカレー粉入れてみようとか、コチュジャン入れてみようとかね。家ではそんな感じで楽しんでます。豚汁定食ってあるでしょ? 汁物で定食になるのって豚汁くらいで、豚汁って偉いな…というか、便利な料理。汁物とおかずの両方いけちゃうから。

——で、つまみにもなって。

笠原:いいでしょ。最近はもっぱら、昔のようにいっぱいおかずを並べるより、こういうほうが粋でかっこいいなと。お味噌汁は昔から必ず飲んでいたんだよね。子どもの頃に親父が、とりあえず味噌汁は飲めと言って。

——どうしてだったんでしょう。

笠原:なんだろうね。親父にとっては、ご飯とお味噌汁が基本のセットだったんだろうね。焼き鳥屋をやってたから、おかずは何か残ったものを出して。栄養を気にしていたかどうかは、わからないけど。一番好きだったのは、レシピでも紹介している、ごく普通の、豆腐・ワカメ・ねぎの組み合わせ。子どもの頃は一汁一飯というより、おかずが欲しい時もあったけど、お味噌汁は好きでしたよ。やっぱり出汁が旨い、っていう渋い子どもだったと思います。

笠原将弘さん
笠原さんが大好きな「とうふ、ねぎ、わかめのみそ汁」。ねぎを先に煮てうまみや甘みを引き出すのがポイント。

——出汁の味がわかる子どもだったんですね。今回のレシピでは、ベーコンや鶏手羽、貝類、塩サバなどから出汁をとるレシピもあって、これはラクだなあと。

笠原:親父も、魚のアラとか、その日に余ったものを全部入れたような「ごった煮」みたいなのを出してたけど、あれは出汁、取ってなかったかもしれない。味噌汁ではないけど、寄せ鍋なんかも、お肉を入れて、エビも入るし、魚も入って、お野菜からも出汁が出て、「勝手に美味しくなるから出汁を取る必要はない」なんてよく言ってたもんね。料理人の視点からすると、個性が強い野菜とか、クセの強い魚介とか、味を支配しちゃいそうな食材には多少合わないものがありますけど。

子育てが十分できなかった代わりに、仕事してる姿だけは見せてきた

——笠原さんが一汁一飯の食事をとるとしたら、夕食ですか?

笠原:そうだね。朝はお店に来て味見をすることが多いから、それが朝と昼ごはんの代わり。ちゃんと家で食べるのは夕飯ぐらい。夜中に帰ってお酒を飲みながら、やっと自分の時間がきたな…と。

——同居されている娘さんたちもご一緒に?

笠原:娘たちが起きていればね。長女はもう働いているし、次女は大学4年。2人ともめちゃくちゃ強いから、よく一緒に飲みますよ。俺は強いわけじゃなくて、ビールが好きなだけ。娘たちはレモンサワーとか、シャンパンとか、何でも。家だと親父が買ったり貰ったりした酒が飲めるから、安上がりなんだろうね(笑)。

——なるほど。お年頃の娘さんなのに、ちょうど良い親子の距離感ですね。どうやって育てられたんでしょう。

笠原:うちは子どもが小さい頃にカミさんを亡くしてるから。むしろ、ちゃんとやってないんだよね。それがいまだに負い目になってるくらい。なるべく日曜日は休んで遊ぶようにしていたけど、普通のお父さんみたいに毎日会社から帰って一緒に夕ご飯を食べるっていうのはなかったから。だけど、仕事をしてる姿だけは見せてきたし、運動会のお弁当とかは絶対に作ってあげた。みんなでご飯に行く時間も大切にしてますね。めったに一緒にいられないから。

——お店をしていると一緒に食事をするのも難しそうですね。たまに食卓を囲む時にこだわっていたことはありますか? たとえば、温かい食事を温かいうちに出すとか。

笠原:そういうのは僕、うるさいですよ。どうしても外食が多くなるけど、家で食べる時は全員揃って「いただきます」をするし。おうちによっては、いきなりご飯と味噌汁をよそっちゃう家もあるでしょ。

——ありますあります。

笠原:俺の場合は、それが嫌で。料理人だから、やっぱり味噌汁は熱々を出してほしいし、お酒を飲むから、ご飯も食べる時に熱々を出してほしい。お母さんも、台所を行ったり来たりして、なかなか座らなかったりするでしょ?

——行ったり来たりしてますね(笑)。

笠原:僕はメリハリをつけたいタイプだから、子どもには「いいからまず座れ」と言います。ご飯の時、料理の話はよくしましたね。それぐらいしか話せないから。今はこれが旬で美味しいとか、今年はこれが高いとか、海外で旨かったから真似して作ったとかね。バーではこういう頼み方がいい、みたいな話も子どもの頃からしてました。僕もちっちゃい頃、店の常連さんたちと親父の人間模様を見て育ったから、瓶ビールは注ぎ足しちゃいけないんだな、とか覚えてたんですよ。

——瓶ビール、注ぎ足しちゃいけないんですか?

笠原:日本では「まあまあ…」ってすぐに注ぎ足すでしょ? あれはまずくなるだけだから。

——そういう話を、お子さんたちはちゃんと聞いてくれて。

笠原:そう。あとは、たまにしか一緒にいられないんだから、飯食う時くらいスマホいじるなとか。それでも見ちゃいますけどね。俺も仕事で見ちゃう時があるから強くは言えない。

——お子さんを怒るようなこともあるんですね。

笠原:当然、悪いことをした時は怒りましたよ。女の子だから、門限を破った時とか。でもやっぱり子どもの頃に寂しい想いをさせちゃったから、門限もちょっと大目に見ていたし、しょっちゅうじゃないけど欲しい物を買ってあげたこともあった。最近は、優しくしすぎたかなって思うこともあります。家にいない分、罪滅ぼしだと思ってね。

——親心は複雑だなと思います。仕事をする姿を見せたというのは「賛否両論」にも来ていたんですか?

笠原:食べにも来ているし、仕事の話をよくしましたね。先週仕事で誰々に会ったとか、多少自慢も入ってね(笑)。本が出れば子どもにも見せるし。学生時代は全員うちでバイトをさせました。だから、親父がここで仕事してるんだっていうのは、わかってると思いますよ。スタッフを怒る姿も見てますしね。店の外でも仕事してる姿を見てるから、まあ親父はよく働いてるなって理解してくれて。半分冗談で、この本の印税はお前の大学の授業料になるんだから、ちゃんと大学行けよ、と言ってます(笑)。

——じゃあ、今回のレシピ本も…。

笠原:もう長男には言ってますよ。お前の大学の授業料をこれで払うぞって。

——(笑)。いいことばかりではなく、大変なところも見せて。お子さんは大人になるのが楽しみになったのでは、と想像してしまいました。

笠原:そうね。大人になると楽しいよって話は、本当によくしましたね。人との接し方とかは、親父の影響がめちゃくちゃ強いと思います。言われたことを大体守っているし、同じことを子どもにも伝えてます。

——教えるって大切なんですね。何を教えていいのか、わからなくなる時もありますけど。

笠原:無理に教えなくても、子どもは見てると思いますよ。意外と見られてる。タクシーを降りる時は、教えたわけじゃないけど、俺と同じように「ありがとうございました」って言うもんね。うちの親父なんて昔の人だから、タクシーに乗ると「小銭はいいよ」と言っていて、俺も若い頃、年上の運転手さんに向かって「小銭はいいから」って生意気なこと言ってたから(笑)。すごい子育てをした自信はないけど、イズムみたいなのは伝わってるんじゃないかな。

家庭の食卓は、楽しい時間を共有できればそれでいい

笠原将弘さん

——「料理レシピ本大賞2023」では『和食屋がこっそり教えるずるいほどに旨い鶏むねおかず』が【料理部門<入賞>】受賞に加えて『笠原将弘の毎朝父さん弁当』が【ニュースなレシピ賞】を受賞されていました。主にお子さんが高校生の頃のお弁当ですが、子どもの好きな料理をよく観察されていますね。

笠原:大人になると、しみじみ美味しい薄味が好きになりますけど、子どもが好きなのはハンバーグとか唐揚げとか、一口目から美味しい味。全部醤油味とか、全部トマト味になると食べ飽きるので、2つか3つ、味のバリエーションをつけて。栄養や彩りはまったく意識してないです。栄養なんて、1日トータルで考えればいいと思ってたから。みんな、あの小さな世界に理想を求めすぎてるんだよね。自分がいないところで食べてもらうんだから、むしろ好きなものばっかり入れて「今日も親父ありがとう」と思ってもらったほうがいい。

——子どもって「あれは嫌い」「これは入れないで」って文句ばっかり言いますね(笑)。いつ頃から食の好みが変わるんでしょう。

笠原:長女や次女なんて、もう完全に大人味ですね。大学生になったばかりの長男はまだ子どもが好きなパスタみたいのがいいみたいだけど。生野菜のサラダなんて、本来人間が好きな食べ物ではないんですよ。みんなヘルシーだからって食べているだけで。子どもは欲望の塊だから、そんなことはしない。大人になるにつれて勝手に食べるようになるから、それでいいんですよ。

——なるほど。いろんな本を拝見していると、一流の料理家でありながら、一般家庭の普通の感覚を持っていらっしゃるところに共感します。

笠原:お店で出すものはエンターテインメント的な料理だから、手に入りづらい食材を使ったり手間をかけたりして、付加価値をつけないと。料金をいただくわけですから。家庭料理は安いに越したことはないし、工程はラクなほうがいいし、なるべく洗い物も出したくない。調味料だって、できれば家にあるものだけで作りたいでしょ? 生きていくための生活の一部なんだから。

——そうですね。1日3回もありますし。

笠原:うん。だから気張る必要はないと思う。料理が好きな人はやればいいと思いますよ。もちろん、それも素晴らしいことなので。でも、みんなが同じように、料理研究家さんの素敵ライフを見てこうしなきゃいけないかしらってなるのは違うよって僕は言いたい。

——いわゆる丁寧な生活というか。そればかりを見ていると手を抜くことに罪悪感を感じてしまって。

笠原:罪悪感なんて感じなくていいと思う。手を抜いたっていいじゃない。たとえば、僕はペットに興味がないから、ペットフードの監修を頼まれても、さすがにできない。料理にもたぶん同じことが言えて、料理が苦になる人に手間暇かけて作らせるのは可哀想じゃないですか。自分の身の丈に合うくらいの料理をするのが、ちょうどいいんじゃないですか? コロッケみたいな面倒なおかずが1個100円くらいで買えるんだったら、買ってきたほうがいいと思うし。もちろん料理に興味がある人は手の込んだ料理をすればいいけれど。

——必ずしも、手間をかけることが子どもへの愛情ではないと。

笠原:愛情の注ぎ方は他にもいっぱいあると思いますから。今回のレシピ本にも、そういう気持ちを込めたつもりですよ。

——子育てもされて、時にはお子さんのご飯やお弁当も作られて。笠原さんが思う親子の理想の食卓とは、どういうものですか。

笠原:うちはむしろ、食卓なんて囲めていない部類で。古い感覚で言えば、サザエさんみたいにみんな揃って食べるのが理想かもしれない。でも、理想って考えるから疲れるんだと思いますよ。理想だって、住んでる環境や家族構成によって違うじゃないですか。たまにはバラバラで食べる日があってもいいし、おかずがないとダメなんてこともないと思う。その家族、その家族のいい姿があると思うから、あまり理想に囚われなくていいんじゃないかな。

——家族のいい姿は、マニュアルじゃないのかも。肩の力が抜けそうです。

笠原:たまに集まって、みんなで食べて、他愛のないバカ話をして、楽しかったなと。面白そうなテレビがあったら見ちゃってもいいと思うし。楽しい時間を共有できれば、いい食卓。そういうのでいいんじゃないですかね。

——家庭の思い出って、意外とそういう何気ない風景であるような気がします。

笠原:そうそう。一緒に笑いあってね。うちもまだ子どもが小さい頃、サザエさんを見ていたら栗ご飯の話があって、それがすごく美味しそうで、作ろうかって盛り上がって。本当に作ったら、あんまり美味しくないって言われたのを、いまだに覚えてますよ(笑)。

笠原将弘(かさはらまさひろ)
東京・恵比寿の日本料理店「賛否両論」店主。1972年東京都生まれ。高校卒業後「正月屋吉兆」で9年間修業したのち、父の死をきっかけに武蔵小山にある実家の焼き鳥屋「とり将」を継ぐ。2004年に「賛否両論」を開業し、予約のとれない人気店として話題になる。2023年6月にはYouTube チャンネル「【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道」を開設。2023年11月現在のチャンネル登録者数は40万人を超える。