サステナビリティの探求だけでは未来は先細る?「わからないもの」に立ち向かう選択の可能性
公開日:2023/11/13
「エスディージーズ」(SDGs)という言葉やそれが意味することを、教育、ウェブ、テレビ番組などを通して未就学児でも知っている現代。ともするとサステナビリティ(持続可能性)を全面的に肯定すべきものと捉えてしまいがちです。
そこに「本当にそうだろうか?」と「待った」をかけるのが、本書『闇の精神史』(木澤佐登志/早川書房)です。持続可能性という「明るさ」からだけでは、持続を司る円環運動は「既知」の範囲内しか循環せず、結果として未来は先細っていくのではないかと著者・木澤佐登志氏は冒頭で指摘しています。
もっぱら、いかにして現行の社会を「持続可能」なものにするか、といった観点からしか未来を思い描くことができない現代の闇の中にあって、それでも時間に断絶をもたらすユートピアを、言い換えれば私たちの「既知」の外部に広がる様々な空間=スペースを構想し切り拓くことは、果たしてどのようにすれば可能になるのだろうか。
木澤氏は決して、種々様々なSDGsの取り組みやサーキュラーエコノミー(循環経済)形成への努力が無駄だと言っているわけではありません。本書で「闇」が意味するものの一つに「心の深淵」がありますが、「わからない、怖い」対象があった際に「明るさ」だけを志向していると、心は閉ざされてしまいます。「心の深淵」を覗きこみ、冷静に自分自身と向き合うことが習慣づいたところからは、「わからないけれども、夢を見られる余地がある」対象として認識する選択肢があるということを主張しています。
わかりやすいのは、映画館です。映画館では鑑賞時間帯が昼であっても、強制的に暗闇の中に入れられます。その中で、スマホの電波が受信できない状態にして映画に向き合う。あれこれ考えながら暗闇の中で映画を観るその体験は紛れもなく「現実」ではあるのですが、半ば「夢」を見ているのに近いということもできます。
映画館と同じようなことは、他の場所でも起こり得ます。2023年末に公開が控えている映画『パーフェクトデイズ』(東京のトイレ清掃員の暮らしを描いた作品。役所広司氏が主演)の監督をしたドイツ人のヴィム・ヴェンダース氏の言葉を引用しながら、著者は説明しています。
ヴェンダースは、東京で一番好きな場所はパチンコ店だと公言していた。
彼は暴力的な音の洪水、明滅する光のカオスの中に、普段の生活から隔離された禅の境地を感じ取ったのだという。「そこに存在するのは自分自身と機械だけ。日常から解放されリラックスするという意味では、誰しもそういう場所が必要だと思います」。
本書の帯には「イーロン・マスクは、なぜ火星を目指すのか?」という疑問が掲げられていますが、「それ以上の冒険は思いつかないから」だといいます。X(旧Twitter)の急進的な改革の基盤は、その是非はさておき、「心地よい闇」が支える精神だといいます。
本書の内容は、「みんな、闇を持とう」と提唱するものではありません。「どうするか?」ということの前段階、つまり、「闇」の歴史と最新事情を知ることで、心地よいけれども恐ろしい「既知の渦」に呑み込まれないようにするための「選択肢」を知ることができます。
未来という時制が存在しないアフリカの時間感覚や「土星で生まれた」と公言するジャズ・アーティストのサン・ラが代表するアフロフューチャリズムの世界観、そして脳間インターネットを実現するWEB4.0の世界や、人体冷凍保存など現時点では「全くわからない」技術に立ち向かう人々が存在するということなどから、ぜひ「闇の魅力」を感じ取ってみてください。
文=神保慶政