「誰かが立ち上がらなきゃいけない」 “動き続ける作家”今村翔吾さんがブックサンタの活動に込めた想いとは
PR 公開日:2023/11/24
サンタクロースはいる。そして、誰でもなれる。私はそう信じています。――そうコメントを寄せた作家・今村翔吾さんが発起人をつとめる「作家サンタ」。クリスマスを心の底から楽しめる状況にない全国の子どもたちに本を届ける「ブックサンタ」の特別プログラムで、多くの人気作家たちがおすすめする本をオンライン書店で購入し、寄付することができる。今村さんが、このプログラムにこめた想いとは。
(取材・文=立花もも 撮影=金澤正平)
――なぜ、作家サンタを始めようと思われたのでしょう。
今村翔吾(以下、今村):作家はよく、僕も含めて「自分には物語を書くことしかできない」って言うんです。出版業界を支えるためにも、本を読まなくなった人たちを再び呼び込むためにも、できるのは書くことだけで、それを精一杯やるしかないんだ、と。でも、本当にそうなんだろうかと、前々から思っていました。本当にそれしかできないという人ももちろんいるだろうけれど、少なくとも僕は、書くこと以外にもできることがある気がしたし、書くことを逃げ口上にせず、他にできることを探さなきゃいけないんじゃないか……と。だから最初にブックサンタの存在を知ったときも、知らなかった自分が恥ずかしかった。協力できることがあればしたい、とTBSの番組でコメントしたことで、ブックサンタ代表の清輔夏輝さんからお声がけいただいたんです。
――ブックサンタの、どういうところに共鳴したのでしょうか。
今村:本というよりは、物語を届ける活動だなと思ったんですよね。本って、いうなれば、文字を印刷した紙の集合体でしかないじゃないですか。僕たちが売りたいのは、本という存在ではなく、そのなかに詰まっている知識や物語。苦境にある子どもたちがそれに触れることで、想像力が育ち、世界の広さを知り、未来を切りひらいていくことに繋がるのであれば、素晴らしいなと思いました。やっぱり、子どもにこそ、たくさんの物語に触れてほしいと願っているので。
――それは、今村さんご自身が、子どもの頃に物語に救われた経験があるから?
今村:そうですね。僕は行動力のある人間に思われがちですが、中学生くらいまでは外で遊ぶこともほとんどなかったし、いじめられたこともあるくらい大人しかった。物語の登場人物と友達になり、空想のなかで会話することで、一人じゃないと思えたし、現実には誰にも言えない悩みも、乗り越えることができたんです。
――作家さんらしいエピソードではありますが……正直、ちょっと意外です。
今村:ですよね(笑)。でも、20代まではほんとに、どちらかといえば消極的な人間だった気がします。30歳になって、残りの人生はやれることを全部やろうと決め、作家を目指すと決めたときから変わり始めたのかな。子どもの頃からずっと、本は僕と社会を繋ぐ窓で、知識も感情も全部教えてもらったから、人生を懸けるのはやっぱりその道だ、って思ったんですよね。それからは、無理なことは無理だとちゃんと言えるようになったかわりに、ちょっとでもやれる可能性があればやるようになった。おもしろいこと、やりたいこと、誰かのためになること、なんでも全部。
――2021年に、箕面にある「きのしたブックセンター」を事業承継されたのも、そのひとつですね。
今村:僕は自分を“動き続ける作家”だと思っているんですが、翌年に直木賞を受賞したおかげもあり、謎の知名度をもつように(笑)。でもそれも利用しない手はないでしょう。作家サンタの構想が生まれたのは、直木賞を受賞した直後くらいですが、林真理子さんや北方謙三さんなど、先輩作家さんたちに相談したら即答で「やったらいい」と言われた。今、作家という職業に憧れる子どもはとても少ない。だからこそ、誰かが立ち上がらなきゃいけないし、お前はうってつけだろうと後押しされました。多くの人は、そんなふうに前面に立つのが苦手ですからね。
――特に作家さんは、苦手な人が多い印象です。
今村:でもね、声をかけたらみなさん、二つ返事で参加をOKしてくださったんですよ。それこそ北方さんも「これ、子どもにすすめて大丈夫かな。いや、きっと読めるよな。侮ったらいかんよな」と真剣に考えて、僕にも相談しながらセレクトしてくださって。他のみなんも同じだったから、きっかけさえあれば立ち上がる準備はできているし、みんなあきらめていないんだと思いました。嬉しかったし、安心したな。だったら、僕がそのきっかけをつくり、広める役目を背負えばいいとも思えましたしね。ピエロを自認するほど自分を卑下してはいないけれど、みんなの前で踊り続けて、もりあげて注目を集めて、先頭を走っていくことができたらいいな、と。
――その原動力は、どこから生まれるのでしょう。
今村:本が好きだから。救われてきたから。ということと同じくらい、子どもたちのために何かがしたいという思いが強いんですよね。20代の頃はダンスインストラクターとして子どもたちを教えていて、なかには正規の料金を払うのが難しいご家庭の子たちもいた。そういう子たちもなんとか続けていけるように、教室としてもしくみをつくったりはしていたんだけど、どんな状況でも必死に練習する子どもたちに触れ続けたことは、僕の人生に大きく影響していると思います。
――それが、作家サンタへの想いにも繋がっている。
今村:そういう子たちにこそ物語が必要で、たった一冊の本が人生を大きく変える可能性がある、ということを僕はよく知っているから。それと、図書館で借りたり、誰かの読み古した本をもらうのではなく、ブックサンタでは自分だけの新刊をプレゼントしているのもいいなと思っていて。僕が小説に出会ったのは小学5年生のとき、池波正太郎先生の『真田太平記』だったけど、買って手元に置き続けていたのが大きかった気がするんです。今も書斎の棚に全巻並べてあるのは、本を見るたび、手にとって物語に触れるたび、原点に立ち戻れるから。そういう出会いと経験を、子どもたちにもしてほしい。
――今村さんが作家サンタに向けて寄せた〈一端の大人になった今、胸を張って答えたい。サンタクロースはいると。いる。そして、誰でもなれる。私はそう信じています。〉という言葉、すごくいいなと思いました。
今村:みんなだいたい、小学校のなかばくらいから「サンタはいない」って言い始めるでしょう。僕には弟がいたから、けっこう長いこと信じたふりをしていたんだけど、クリスマス前のある日、父親に買い物に連れ出されて、言われたんです。「今日からお前もサンタクロースや」と。誰でも、誰かのサンタクロースになれる。その言葉が、今もけっこう響いているのかもしれない。
――作家サンタでは、作家さんたちのおすすめする本を寄付することができますが、自分で選んでみようと思う方に、なにかアドバイスはありますか?
今村:あなたの中にいる子どもに薦めたい本を選んでください、ってことでしょうか。自分の子どもかもしれないし、もしかしたら昔の自分かもしれない。あなたが本を渡したいと願う、たった一人の誰かのために選べば、それで十分なんじゃないのかな。小説家も、不特定多数の読者を意識して書いているうちは半人前。たった一人の読者を見据えて書きなさい、と教えてもらったことがあって、その意味を、僕は今もずっと考え続けている。ブックサンタも、不特定多数の子どもが対象だから、気に入らなかったらどうしようとか心配になる気持ちはわかるんだけど、そんなことを考える必要はないんじゃないかなと思いますね。
――ブックサンタの活動を通じて、もっとこうしたらいいのにと気づいたことや、挑戦してみたいことはありますか?
今村:ブックサンタに限らず、出版業界にはみずから率先して動く人間が本当にいなかったんだな、というのは痛感しています。僕がいろんな場面で表に立つことで、あちこちから声がかかるようになったんですよ。「何かしなければいけないとわかっているけど、どうすればいいかわからない」という人たちからの、相談や協力要請ですね。たとえば今、本屋のない市町村が全国に450もある。図書館の維持もなかなか難しいし、そうした地域にどうすれば本を届けることができるのか、行政のしくみなども勉強しながら、考えているところです。子どもたちにとってのブックサンタのようなしくみを、本を買う場所を得られない地域の人たちに、提供できないだろうか、と。
――インスタントな娯楽が増えた、というのはもちろんあるでしょうが、これほど本が読まれなくなり、書店や図書館が消滅の危機にあるのはどうしてだと思いますか?
今村:単純に、人口も減っていますからね。それなのに出版の構造はずっと変わっていなくて、限界がきているんだろうと思います。ただ、みんな誤解しているんだけど、統計をみると、子どもたちは本を読んでいるんですよ。ただ、20代で働きはじめると、金銭的にも時間的にも余裕がなくなって読書どころではなくなってしまう。でも僕は、いったん本の世界から離れる時期があってもいいと思うんです。仕事や子育てに追われていれば、しかたのないことだし。だけどいつか、また本を読みたいという日が訪れるためには、子どもたちには幸福な読書体験を積んでもらいたい。
――その楽しみを知らなければ、“戻る”こともできませんしね。
今村:そのためにも、ブックサンタは必要なとりくみだと思いますし、僕たち作家が誰より強い想いで「どんなコンテンツが登場しても、物語に勝るものはない」と強く信じて書き続けるということが大事なんですよね。「書くことしかできない」という言葉は、そういう想いで使うべきものだな、と。まあ、問題は山積みで、今のままじゃ10年のうちに出版業界は破綻するんじゃないかと思うくらい、危機感を抱いてはいるけれど、あきらめずにできること全部やっていきます。
――でも……今村さん、忙しすぎませんか。書店の経営もして、まだ形にはなっていない取り組みも進めて、それなのに小説の刊行ペースもはやくて。このあいだは佐賀にまた新しい書店を立ち上げられていましたし。どう時間配分しているんですか。
今村:いや、やばいのよ、ほんまに。俺のスケジュール、見たらたぶんドン引きされると思う。スケジュールが分刻みで詰まっているから、タクシーで移動する15分で原稿用紙一枚ぶん書く、みたいな生活ですからね。ただ……やっぱり、今は「楽しい」が勝ってるんだと思う。小説を書き始めた10年前にはまだデビューもしていなくて、あたりまえだけど、書店に僕の本が並ぶなんてこともなかったのに、今はこうして、小説以外のことでもお話を聞いていただけるようになっている。こうなったら「今村翔吾が登場する前と後では出版業界が全然違う」と言われるくらいまで頑張りたいし、そこまでやりきれたらおもしろくない?って思ってる。
――バイタリティがすごすぎます……。
今村:はは(笑)。でも、僕一人で全部をやれているわけじゃないですよ。以前は、やろうとしていたんだけど、限界の限界を越えて「これ以上は無理」というラインを知ってしまった。メールを返すことすらできなくなりましたからね。だから、人を雇って、頼ることにしたんです。「今村翔吾」を僕個人ではなくチームとして運営していくことにした。これも、新しい作家の形として、示していけたらいいなと思っています。
――まさに、出版界の革命児ですね。
今村:そうありたいですね。僕にだって当然、弱いところもダメなところもたくさんあるけど、子どもたちに見せて恥ずかしくない決断や行動を重ねていきたい、という気持ちが根っこにあって。小学生の頃から僕のファンだと言ってくれている子が、今は誰もが知る名門中学に通っているんだけど、僕の伝記を書くのが夢なんだって。海外に留学して、文科省に入って、俺に紫綬褒章を渡したいらしい。
――敬愛がすごい。
今村:変なこと書くなよ、って今は冗談めかして言ってるけど、負けてられないよね。がっかりもさせたくないし、その夢に恥じない生き方をしたい。世の中に出しても誇れる、物語のような人生を送ってやろうと思っています。そうすればきっと、作家という職業も、子どもたちの憧れに変わっていくでしょう? 商売としてちゃんと成立する、夢のある職業として、僕は子どもたちに示していきたい。そのためには、本が好きだという気持ちにあぐらをかいてちゃいけない。みんなが幸せになれる按分を探す旅に出なきゃいけない。作家サンタもその過程のひとつなので、ぜひみなさんにもブックサンタに参加していただきたいですね。