コンプレックス・不安を抱えた30代女性がランジェリーと出合って人生が変わる。『ランジェリー・ブルース』作者が考える”抑圧”に打ち勝つ方法【漫画家インタビュー】
更新日:2024/2/29
“ランジェリー”と言われて、どんなものを想像するだろうか。レースがあしらわれて胸の形をぐっと寄せて谷間を作るブラジャー?透けたセクシーなデザインで“勝負下着”として着そうなもの?あなたが女性か男性かでもイメージに差は出てくるかもしれないが、「セクシーなもの」という漠然としたイメージを持つ人も多いかもしれない。
しかし、実際のランジェリーはデザイン・素材・形・機能と実に多種多様。その人がどんなボディラインを持ちたいのか、どんな気持ちでその日を過ごしたいのかをサポートしてくれるものだ。奥深いランジェリーの世界を通して、主人公の価値観のアップデートや成長を描いたツルリンゴスターさんの「ランジェリー・ブルース」が話題だ。
事務系派遣社員として働く深津ケイ、34歳独身。そろそろ契約満了を迎える派遣先は、単純だが手間がかかるものが多く、説明不足で回ってくることもしばしば。業務改善を提案しても派遣社員ということで取り合ってもらえない。付き合って7年になる彼氏は「死んでも結婚の2文字は言わず」、これから先も同じような毎日が続くのかと不安を抱えていた。そんななかで、とある下着店で自分にぴったりのランジェリーに出合う。そのときの「私が私をつかまえた感覚」に魅了されたケイは、下着店に販売員として転職する。ランジェリーと顧客を通じてケイが成長していく物語だ。女性の生きづらさに言及したエピソードも多く、第1話はX(旧Twitter)で1.9万いいねを獲得した。作者のツルリンゴスターさんに、本作執筆にあたっての思いをインタビューした。
“肌着界の伝説”との出会いが生んだ作品
本作執筆前はランジェリーに対して特別な知識はなく、「メイクや服など外から見えるものに比べて、自分の中で優先順位が低かったと思います」と語るツルリンゴスターさん。
「感度の高い人や、自分に自信のある人が興味のあるもの、というイメージも強かったです。私はメンズライクな見た目が好きで自分らしいと思っているので、バストもあまり強調したくありません。ちゃんとしたブラジャーはバストを高く丸く作るもの、という先入観があったのでずっとノンワイヤーのブラを選んでいて、ショーツに関してはもっと適当でした」
そんなツルリンゴスターさんが下着をテーマにした本作を執筆することになったのは、担当編集者からの「下着って興味ありますか?」という打診からだったそう。
「最初にお話があったときに、伊勢丹初のボディコンシェルジュである松原満恵さんの記事も一緒に送っていただいたんです。記事を拝見して『下着はただ服の下に着るものだけではなく、心を豊かにするものだ』という新しい視点に気づき、そこを入口に展開していこうと思いました。インポートランジェリー(海外製のランジェリーのこと)について知ったのもそのときで、素敵だなと思いつつ、すぐに手を出せない抵抗も最初は感じました。では、なぜ自分の中にそういう抵抗があるんだろう?というところを作品内でも掘り下げていきました」
松原満恵さんは“肌着界の伝説”と呼ばれた人。1963年に伊勢丹に就職し、36歳のときに伊勢丹新宿店の肌着売り場のマネージャーに。フィッティングを通じ、多くの女性客にランジェリーの魅力を伝えてきた人物だ。本作執筆にあたって松原さんに取材をしているが、単純に下着の販売にまつわるエピソードだけではなく、松原さんの人柄からもインスピレーションを得た。
「松原さんには1日がかりでフィッティングとこれまでのお仕事についての取材をさせていただいて、ネームを作りながら気になる箇所は確認していただきました。松原さんを取材したときに、とにかくそのお人柄が魅力的で。すごく飄々と身軽に見えて、芯にたくさんの愛を持ってらっしゃるのが素敵でした。取材した帰りの新幹線で、魅力的な店主のいる下着店の話にしようと決めて。タイプの違う魔女みたいな2人がワチャワチャしながら、訪れた人たちにぴったりの下着を選んでいく、そんなお話がいいんじゃないかなあと考えていました。主人公のケイは、どこにでもいる、30歳になった頃の私のような、日々頑張っているんだけど心のどこかにモヤモヤがあって、まだそれが漠然としてる人…というイメージで作りました」
松原さんにだけではなく、取材は多方面に渡って行ったそう。
「話を進めながら地元の下着店を見てまわったり、ブランドさんについて調べながら店舗があれば見に行ったり。自分の欲しい商品を買いつつ、店員さんに『実は今漫画を描いていて…』と話を聞けたら聞く、という感じでほとんど普通の買い物ですね。地元の個人でやられているセレクトショップでは、欧米以外のいろんな国のインポートランジェリーを独自のセレクトで並べられていて、次から次へと見せてくださって面白かったです。もともと下着が好きな友人に、『何きっかけで下着が好きになったの?』と聞いたりもしました」
取材や執筆を通じて、主人公・ケイがランジェリーの世界に魅了されていったように、ツルリンゴスターさん自身もランジェリーへのイメージが大きく変わっていったそうだ。
「興味を持ってみれば下着の世界は誰にでも開かれていて、使う人の喜びを大事にする商品がたくさんありました。ワイヤーブラにしてもノンワイヤーブラにしても、体に合って好みのラインを作れると気分があがります。ワイヤーあるなしだけでなく、パターン構造やデザイン、生地やその商品のもつコンセプトでも、着けた体の印象ががらりとかわるのが面白いし、どこまでも楽しめます。胸を低く見せたいだけで選んでいたハーフトップのときはバストがつぶれて広がっていましたが、ちゃんと選んだブラだと脇をすっきりさせつつ高さも控えめにできて、上に着るトップスのラインが希望に近くなり自信になります。しかもレースが素敵だったりすれば、外から見えないところに華やかなタトゥをまとっている感じで、自分だけの秘密を抱いているみたいな、ワクワクした気持ちにもなったりします」
作中で「ランジェリーは1日の最初に肌の上にのせるもの、いつでも肌の一番近いところにあってそれって心に一番近いってことじゃない?」「だからランジェリーは心で着るの」と語られている。その日どんな風に過ごしたいのか、その気持ちにあった下着を選ぶことで、より希望合った心持ちでいられる。ツルリンゴスターさんもそのことを実感しているようだ。
「フィッティング取材のときに『本気で下着の漫画描くぞ』という覚悟を乗せて買ったランジェリー(死ぬほど私に似合っていました)は、大事なイベントや、好きな人に会うときに着けます。『今日は爆イケで行く』という気持ちを後押ししてくれます。漫画がきっかけで少しずつ集めた下着1枚1枚に自分なりのコンセプトがあって、クールにいこうという日はこれ、とか バカンスぽい気持ちで仕事にいったろうという日はこれ、ああ今日はまじで全部無理という日はこれ、というように、どんな日でも自分を大事にするために大切なアイテムです」
心身を伸びやかに過ごすためのランジェリー選びに挑戦してみたくなるエピソードだ。