令和のニューヒーロー? 自然体を貫く中年男が思う「幸せ」とは?『路傍のフジイ~偉大なる凡人からの便り~』
公開日:2023/11/24
あなたの職場や学校にこんな人はいないだろうか。口数は少なく目立たないが、やるべきことはやる。ただ皆の集まりには顔を出さない。そしてマイペースで自由に行動している……。
心ない人からは「ああはなりたくないな……」と思われるかもしれない。それは孤独にも見えるからだ。そんな男性・藤井が主人公のマンガが『傍のフジイ~偉大なる凡人からの便り~』(鍋倉夫/小学館)である。
藤井の周囲の人間たちは彼の存在に、魅力に、気づいていく。藤井は40歳を過ぎた独身中年男性。とても“華”があるとはいい難い。しかしこの男は、人を惹きつける“何か”を持っている。そして彼に気づいて交流を持った人間の多くは大なり小なり変化を見せる。
私もまた、藤井の不思議な魅力に気づき、自分のなかですっと腑に落ちた一人である。
自然体で生きる男・藤井の魅力
若手社員の田中は、仕事にあまり情熱はない。年収もそれほど高くないし給与が上がる見込みもない。恋人もおらず、仕事以外に特別やることもない。そんな田中は、ふと気づいた。職場の美人社員の石川よりも、なぜか藤井という男が気になるようになっていた。
藤井は真面目だが無表情で朴訥な人柄で、職場で浮いている。田中は、無気力そうでお金もなさそうで、結婚もしていない“サエない中年男性”の藤井が「自分の10年後のつまらない姿なのでは」と想像するようになっていた。
ある日、田中は相変わらず何もない休日に、街中で偶然、藤井と会い彼の自宅を訪れることになる。
藤井の家は、彼の趣味があふれる場所だった。藤井は休日、街を散歩し、ギターを弾き、水彩画を描き、陶芸をし、料理をして過ごしていた。田中は思い切って「人生楽しいですか」と聞いてみた。藤井は表情を崩し、笑顔で「楽しいです」と答えた。
田中は理解した。藤井みたいになってしまうと思っていたけれど、今のままでは彼のようにはとてもなれないと。藤井はお金のない孤独な中年男かもしれないが、自分の人生を自然体で楽しもうとしている。「人生を楽しめるかどうかは自分次第」だと知るのだ。
この人がつまらない人間に見えたのは、
俺自身がつまらないやつだからだ
読んでいてわかったのは、藤井の持つ“何か”は強さだということだ。マイペースで自然体を貫くための強さ、孤独を孤独とも思わない強さ。強くあることは現実でも簡単ではない。だから田中も、そして私も藤井に憧れる。
「幸せは判断するのではなく、選ぶ」人生の処方箋になるかもしれない物語
藤井の職場の女性・石川はアニメが趣味で、たまたま好きな作品で藤井と解釈が合ったことから、彼に興味を持つようになる。そんな石川はパパ活をやってお金を稼いでおり、それが職場で噂になってしまう。皆、陰口をたたき露骨に態度が変わるなか、藤井は石川に直接そのことを言われても顔色を変えず、良し悪しは「わからない」と言う。他人にどう思われようと、何を言われようが気にしない藤井は、他人をジャッジすることもないのだ。
また藤井は石川といるときに、街にあふれる人々を見て「全員が幸せだといいんですが……」と言う。綺麗ごとだ。だれもが幸せになりたい。それはそうだろう。しかし望むようにはいかないのが人生で現実だ。そこで藤井はこう続ける。
全員の望みが叶うことは無理かもしれません
でも、幸せに生きることは可能じゃないでしょうか。
私たちは自分が(ときには他人を)幸せなのか、そうでないかを判断しようとしがちだ。だが判断ではなく選択すればいいのだ。藤井のように強くなくても、幸せに生きること、楽しい人生をただ選ぶだけならできるはずだ。
藤井と話すようになった登場人物の多くはポジティブな変化を見せる。田中や石川は、明るく前向きになる。藤井の強さを知り、彼のようにはなれないまでも、自分で幸せに生きることを選ぶようになったからだ。
もしあなたが人生に悩み、行き詰まっているなどと思っていたら、試しに本作を読んで藤井と向き合ってみてほしい。彼は光り輝く英雄でもない、格好いいダークヒーローでもない、あくまで地味な中年男性だ。ただそんな藤井を「つまらないやつ」ではなく「うらやましい」と感じられたら本作は、あなたの人生の処方箋になりえるかもしれない。
文=古林恭