庶民の味方、サンマが食卓から消える!? 美味しい魚介を食べていくための持続可能な漁業への提言

暮らし

公開日:2023/12/15

美味しいサンマはなぜ消えたのか?
美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(川本大吾/文藝春秋)

「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか。」で有名な詩歌「秋刀魚の歌」を書いたのは、明治から昭和に活躍した詩人、小説家の佐藤春夫だ。

 この歌は「昔、サンマを一緒に食べたなぁ」と過去に恋した女性とその娘のことを思い出しながら、ひとり夕食にサンマを食べる男が涙する寂しい姿を歌ったもの。この詩歌が収められているのは、今から100年ほど前の大正時代に書かれた佐藤春夫の詩文集『我が一九二二年』だ。食卓の風景は侘しいが、旬の秋の時期のサンマは丸々と太って脂が乗り、焼けばその脂がじゅうじゅうと煙を立てて香ばしい匂いを漂わせ、黄金色に焼けた身は甘く、内臓はほろ苦く、添えられた大根おろしに醤油をタラリ、さらに柑橘類を搾って食べると、それはそれはたまらない美味しさだったろう。

 ところが現代日本のサンマはここ数年で劇的なまでに数が減り、大不漁の“緊急事態”の魚になっていると伝えるのが『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(川本大吾/文藝春秋)である。秋に旬を迎えるサンマといえば1匹100円ほどで特売される安くて美味しい庶民の味方だったが、ここ数年は値段が高騰。しかも以前よりも小さくスリムで脂の乗りが悪く、身はパッサパサというなんとも悲しい状況で、さらにサンマだけでなくこれまで普通に獲れていたイカやサケなども不漁という。日本は海に囲まれ水産資源が豊富だと思うかもしれないが、実は今「魚」に関する問題は深刻な事態を迎えていると指摘するのが本書である。著者は時事通信社の水産部長で、水産業取材歴30年以上のキャリアを持つ川本大吾氏だ。

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 本書によると1950年代は50万トン以上も獲れたというサンマは2019年に5万トンを下回ってからは減少の一途をたどり、2022年にはたった1万8000トンしか獲れなくなってしまった。その主な原因はサンマのいる場所が日本近海ではなくなってしまったことだという。冬に南の海域で生まれたサンマは春になると黒潮に乗って日本の沖合を北上、夏になると北からの親潮に乗って、産卵のため体内に栄養を蓄えた状態で北海道、三陸、関東……と日本近海を南下していく回遊ルートをたどった。しかしそれがここ最近、太平洋の遠い沖合へ行くようになってしまったというのだ。本書ではその原因を丹念に追っている。

 また水産業全体で見ても、2022年の「漁業・養殖業生産量」は1956年の調査開始以来過去最低で、漁業も高齢化と後継者不足、燃料費の高騰などで深刻な事態だ。それに加えて地球温暖化による海洋環境の変化、世界的な魚食の増大とそれに伴う乱獲もあり、このままだと食卓から魚介類がなくなってしまうのではないか……と焦ってしまうが、本書は「なぜこうなってしまったのか」を軸に、身近なイワシやサバ、マグロに関する知識や日本でサーモンがよく食べられるようになった歴史などを紹介しながら、魚に関する問題とそれを取り巻く今の日本の状況、そして未来の資源や魚食、漁業の問題に対しての解決方法と提言で展開していく。だから通読すると、魚を獲る人、養殖する人、売る人、食べる人がどう協力することが持続可能な漁業に繋がっていくのかを考えるきっかけになるのだ。現在の状況や情報を知ると、普段何気なく通り過ぎている鮮魚店や魚売場をこれまでとはまったく別の視点で捉えられるようになるだろう。個人的には本書の第1章で紹介されていた、獲ってから1カ月経った魚の刺身が新鮮なまま美味しく食べられる魔法のような技術(しかも廃棄される牡蠣の殻が使われている)が気になって仕方なくなってしまった。機会を見つけてぜひ食べてみたいものだ。

「昔、安くて美味しいサンマを食べたなぁ」という、あまりに苦くてしょっぱ~い未来にならないよう、問題解決の方法を探り、自然と資源を大切にしつつ、新しい技術や仕組みも積極的に取り入れながらこの先も美味しい魚介類を食べていきたいものだ。

文=成田全(ナリタタモツ)