綿矢りさが描く「たまたま北京に住むことになった日本人妻」。交通事情からローカルフードまで“生活者”の目線で鮮やかに描く『パッキパキ北京』

文芸・カルチャー

PR 公開日:2023/12/5

パッキパキ北京
パッキパキ北京』(綿矢りさ/集英社)

 不穏さを増す世界の中で、圧倒的な存在感を示す「中国」という国。あなたは一体、どんなイメージをもっているだろうか。俗に「中国4000年の歴史」といわれる波乱万丈な歴史を持つキングダムな国と思ったり、人がたくさん住んでいるとにかくデッカイ国と思ったり、中国共産党が統制するシビアな国と思ったり…その大きさや歴史、政治体制ゆえに実にさまざまありそうだが、昨今の社会情勢の影響で「ちょっと怖い国」と思っている人も多いかもしれない。そんな人は人気作家・綿矢りささんの新刊『パッキパキ北京』(集英社)にご注目。「夫の仕事の関係で北京にたまたま住むことになった日本人妻」という、仕事でも旅行でもない独特の「生活者」の目線で、極めて人間臭い(というか、いろんな匂いがまじった)中国という国の「多面性」をジェットコースターのように見せてくれる。

 主人公の菖蒲(アヤメ)は、コロナ禍の北京に単身赴任中だった夫から「そろそろ一緒に暮らそう」と乞われ、愛犬ペイペイを携えてしぶしぶ中国に渡ることになる。「気をつけてね」の言葉の裏に「ひどい目にあうに違いない」とどこか相手の不幸を楽しむようなマウント女どもに別れを告げ、人生エンジョイ派の菖蒲は中国ライフを楽しみ尽くすべく、到着早々の過酷な隔離期間も青島のリゾートで難なくクリア。晴れて北京に入る頃には政府の規制も緩んでおり、中国に3年強いても適応障害を起こしている夫を尻目に、菖蒲はショッピングに食事に散策に日々精力的に動き回る。そんな菖蒲に刺激されて夫も少しずつ外に出ていこうとするものの、やっぱり菖蒲ほどにはのりきれず、ついにある決断を彼女に迫ることに。

 その決断とは何かは読んでのお楽しみとして、とにかく本書で圧巻なのは貪欲なまでの菖蒲の行動力と食欲だ。カオスすぎる交通事情を把握し、エリアの差異も本能的にキャッチして北京っ子たちの生態調査を欠かさないかと思えば、高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくる(ちなみに高級北京料理店で食べた「アヒルの脳」がお気に入りだ)。面白いのは、そうしたあらゆる経験を「いい/悪い」といった感情的なジャッジではなく、あくまでフラットに「こういうものだ。無理と思ったけど慣れた」のように淡々とレポートしてくれること。市井の人々のバイタリティがリアルに伝わって来て、結果的に「中国」という国の持つ強烈なエネルギーを実感することになる。ちなみに本作のベースには著者自身の中国滞在経験があるとのことで、「だから、ここまでリアルに書けるんだ!」と納得してしまった。

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 ちなみにタイトルの「パッキパキ」は、北京の極寒を表現した言葉だ。氷点下の「春節」のお祭り騒ぎでアイスを楽しんでいる人がいるというのにも驚きだが、どっこい菖蒲も負けてはいない。マスクの中の鼻毛が凍ろうが常にアクティブで、彼女が「日本人」の常識的な考えや小さな優越感を軽々超えていくのが実に痛快。あくまでも「今ココ」という現世を生きる強さと激しさを持つ菖蒲の姿は、何が起きるかわからない時代のサバイブ術のひとつなのかも。それにしても中国、かなり面白い国かもしれない。

文=荒井理恵