新作『龍の墓』で本格ミステリー再挑戦! デビュー30周年を迎えた貫井徳郎インタビュー

文芸・カルチャー

PR 公開日:2023/12/9

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年1月号からの転載です。

貫井徳郎さん

 貫井徳郎20年ぶりの本格ミステリー挑戦! 奇怪な連続殺人事件を描いた『龍の墓』は構成の妙あり、論理的な謎解きの快感ありと、凝りに凝った長編作品である。

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

「書き始めたときは、本格になると全く思ってなかったんですよ。普通本格ミステリーって、事前に緻密なプロットを組んでから始めるものなんでしょうけど、僕はそういうタイプの作家じゃない。とりあえず書いてみたら、3分の1くらいのところで『あれ、これ本格なんじゃないの』って気づいて、そこから謎解きとしての骨格を補強していきました。もちろん最後のトリックは決めてあったので、そこに向けて書いていけばよかったんですけど、作中に出てくるゲームの殺人は、あまり綿密に詰めていなかったんです。そっちもちゃんと書かないと、と気持ちを締め直してかかりました。本格ミステリーは、20年前に『被害者は誰?』という本格作家のパット・マガーとアントニー・バークリーのオマージュのような連作短編集を書いたんですが、それ以来だと思いますね」

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『龍の墓』は現実とゲーム世界の二つで殺人事件が起きる複線構造の物語だ。現実側では、東京都町田市で焼かれた遺体が発見されるという殺人事件が発生する。それを追う刑事の視点と、「ドラゴンズ・グレイブ」というVRゲームにのめり込む男性の視点が並行して描かれるのだが、ゲームの中でもイベントとして連続殺人が発生するのである。現実の事件とゲーム内のそれとの間に類似点が発見され、2つの謎解きがを同時進行することになる。

「着想の出発点は、ライアン・レイノルズ主演の『フリー・ガイ』という映画を観たことです。あの作品でもゲーム内の物語と現実の出来事が同時進行していて、それがリンクしていることがわかる。それをしっかりとしたミステリーの構造で書いてみようと思ったんです。そこで思いついたのが見立て殺人という趣向ですね。ゲーム内で起きていることがそのまま現実の事件で起きたらおもしろいんじゃないか、と」

 ミステリー形式で進んでいくゲームはこれまでも数多く発売されている。その多くはアドベンチャーゲームだが、本作に登場する「ドラゴンズ・グレイブ」はロールプレイングゲームである。ゲームの主人公が巻き込まれるクエストの一つが殺人事件なのだ。

「僕はオープンワールドゲームというのが好きなんです。何をしても、どこに行っても自由で、それこそ開始早々ラスボスに挑戦することもできる。その中の1イベントとして殺人事件が起きる。オープンワールドゲームだったら、どういう風に主人公がそれに関わるか、どういう形で捜査することになるだろうかというのを考えて物語に組み込んでいきました」

 ゲーム中では主人公の思考は画面のウィンドウに表示される。そこに出てくる選択肢によってどのような行動を取るかを決定するのだが、それが論理的な思考の分岐点になるのがおもしろく、読者も実際に探偵になって捜査活動をしているような感覚を味わえる。

「本格ミステリー的なゲームはあまり作例が多くないんです。手がかりを順々に調べていくことになるので、プレイヤーがお仕事感を覚えてしまうからかもしれない。こういうゲームならやってみたい、という僕の理想を形にしたのが〈ドラゴンズ・グレイブ〉なんです」

魅力的なトリオが事件に取り組む

『龍の墓』のもう一つの魅力はキャラクターだ。本作で中心的な役割を担う登場人物は三人、現実の事件捜査を担当するのは町田署の刑事・保田真萩、彼女とコンビを組むことになる警視庁捜査一課の刑事・南条の二人だ。真萩と同期の警察官だった瀧川はある事情から退職し、今は「ドラゴンズ・グレイブ」漬けの毎日を送っている。この三人がそれぞれの立場から謎解きに挑むのである。

「2つの事件のうち、先に内容を決めたのは現実の方の事件でした。登場人物に事件捜査をさせるなら警察官にすべきですが、もう一工夫を入れようと思って、元警察官の瀧川を最初に作りました。でも彼は引きこもりで現場には出ていけない。それで真萩が必要になって、警察官は普通単独行動をしないですから、南条という捜査一課の刑事が加わりました。書いていて気づいたんですけど、トリオとは言うものの彼らは協力し合うわけではなくて、まったく別々に行動するんです。そこは珍しい主人公かもしれません」

 三人はそれぞれ個性があっていいキャラクターだが、中でも存在感があるのは捜査一課からやって来る南条だ。真萩が思わずときめくほどの外見、しかし何を考えているのか今一つよくわからない性格で、いつの間にか他人の心を捉えてしまう。

「実は深く考えて作ったキャラクターではないんです。とにかく真萩がコンビを組む警察官を一人出さないといけなかった。〆切が迫っている、というときに思いついたのが、僕の過去作に『後悔と真実の色』『宿命と真実の炎』という二部作があるんですけど、その主人公が西條。頭が良くていい男なので、じゃあ南条で行こうと。西條のパラレルワールド版で、見た目は似ているけど中身は全然違うというのはおもしろいんじゃないかと。昨日のおかずの組み合わせでお弁当を作るみたいな感じで考えました(笑)」

 この南条が捜査の鍵を握ることになっていく。その展開は読んでのお楽しみである。実に魅力的なキャラクターなのでぜひ再登板を望みたいところだが……。

「同一キャラクターのシリーズものって書き方ってのがよくわからなくて。僕の主人公は必ず事件とリンクする設定になるんです。だから続編を書くなら、もう一度主人公を事件の当事者にさせないといけない。そういう書き方だからシリーズにならないんですよね。読み手としては好きなんですけど。もし南条が再登場するとしたら、この三人が揃って事件に巻き込まれるような状況設定を思いついたときだと思います。僕は、作家になる前は本格一辺倒みたいなミステリーファンで非常に狭かったんですけど、デビューしてからは自覚的にいろいろな作風のものを書いてきました。当時から目標にしていたのは、東野圭吾さんの姿勢です。探偵ガリレオや加賀恭一郎シリーズがヒットする前から、東野さんは題材や手法を固定せず、意欲的にさまざまなことに挑戦されていました。それを見習おうと思ったんです」

 貫井は本年、作家業30年を迎えた。『龍の墓』はその記念作ということにもなる。

「小説は一作書くごとにリセットして、また一から作り直さないといけない。僕はずっと新しいことを模索し続けてきたので、今でも書くものをコントロールし切れていないんですよ。『龍の墓』だって、意図せず本格ミステリーになっていたわけですし。自分を多少なりと評価するとしたら、長く続けてこれたことだと思うんです。本格ミステリーは自分には難しいと思ってしばらく遠ざかっていましたけど、なんとかなりました。これも以前であれば書けなかった作品だったでしょうね。読者のみなさんは、僕にそういうイメージがないと思うので、貫井の本格と言っても『そういう雰囲気のものでしょ』と思われそうなんですけど、ちゃんと本格してます。本格好きが読んでくださっても、がっかりさせないと思いますので」

貫井徳郎
ぬくい・とくろう●1968年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、1993年に第4回鮎川哲也賞候補作となった『慟哭』でデビューを果たす。以降多彩な作風に取り組み続け、社会派ミステリーの書き手としても定評がある。2010年、『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞長編及び連作短篇集部門受賞、同年『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞受賞。2023年5月、日本推理作家協会代表理事に就任。近作に『紙の梟』がある。