ヒトはなぜ直立二足歩行を手に入れたのか?――安全と健康を守るための生存戦略/AIは敵か?⑦

暮らし

公開日:2023/12/6

『AIは敵か?』(Rootport)第7回

AIに仕事を奪われる! 漠然と抱いていた思いは、「ChatGPT」のデビューによって、より現実的な危機感を募らせた人も多いのではないでしょうか。たとえば、バージョンアップしたGPT-4のアドバイスを受ければ、プログラミング経験のないユーザーでも簡単なアプリを作れるほど高い精度を誇ります。では、⽣成AIが登場し、実際に人々の生活はどうなるのか。本連載『AIは敵か?』は、マンガ原作者でありながら、画像生成AIを使って描いた初のコミック『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を上梓したRootport(ルートポート)氏が、火や印刷技術といった文字通り人間の生活を変えた文明史をたどりながら、人とAIの展望と向き合い方を探ります。

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AIは敵か?

縄張りを追われた結果、二足歩行を手に入れたのか?

 チンパンジーは縄張り意識の強い動物です。群れから群れへと移動できるのは若いメスだけで、もしも孤⽴したオスが不運にも他の群れのチンパンジーたちに出会ってしまった場合、暴⼒的な襲撃を受けて、最悪の場合には殺害されてしまうことが知られています(※1)。

 おそらく、私たちとチンパンジーの共通祖先も、同じくらい縄張り意識の強い動物だったはずです。だとすれば、私たちの祖先は競争に負けて森の中⼼部にいられなくなった「弱い集団」だった可能性が⾼い。なぜなら直⽴⼆⾜歩⾏は、森の外縁部の⽊々がまばらで草原と接しているような環境――ゴリラやチンパンジーが好まない環境――に適応した特徴だからです。

 森林の中⼼部では、地上の⽔平⽅向の移動だけでなく、樹冠と地上との上下⽅向の移動――三次元的な移動能⼒が重要になります。⼀⽅、⽊々がまばらになると、上下移動の重要性は下がります。枝から枝へと⾶び移ることが難しくなり、地上を歩く時間が⻑くなります。また森林外縁部では、エサを探して移動しなければならない範囲も広がるでしょう。密林の中⼼部では、果物や若葉、昆⾍、⼩動物などのエサとなりうるものが三次元的に分布しています。⼀⽅、樹⽊が減るほど、利⽤可能な資源は地⾯近くに――⼆次元的に配置されることになります。同じ量の資源を獲得するためには、より広い範囲を移動する必要があるはずです。

レジ袋有料化でわかる、二足歩行の利点

 直⽴⼆⾜歩⾏は、このような環境に適応した移動⽅法です。

 まずエネルギー消費の⾯で、どうやら私たちの直⽴⼆⾜歩⾏は、ゴリラやチンパンジーのナックルウォークよりも効率が良いらしいのです(※2)。⼿⾜を振り⼦のように利⽤することで、余計なカロリーの消費を抑えることが可能になります。

 ⽊から⽊へと地上を歩いて移動することや、広範囲の探索をすることには、直⽴⼆⾜歩⾏のほうが適していたのです。

 広範囲の資源探索をする上で、直⽴⼆⾜歩⾏には⾒逃せない利点があります。単純すぎてバカバカしく感じるような話ですが、両⼿が⾃由になることで、よりたくさんのエサや荷物を運べるようになるのです。

 ⽇本では2020年よりレジ袋が有料化されましたが、両⼿と両脇を使えばかなりの量の荷物を袋なしでも運べるのだ……と実感した読者は多いはずです。たとえばラッコは、⾃分のお気に⼊りの⽯を脇の下に挟んで持ち歩きます。チンパンジーと同程度の知性を持っていた初期⼈類もごく原始的な道具は使っていたはずで、お気に⼊りの⽯やこん棒を脇に挟んで歩き回っていたかもしれません。

二足歩行で危険をいち早く察知

 また、この時代のアフリカは霊⻑類にとって⾮常に危険な場所でした。現在のライオンやオオカミ、ハイエナの祖先たちや、サーベルタイガーなどの⾁⾷獣がうじゃうじゃと棲息していたのです。アウストラロピテクスの⼦供が⼤型の猛禽類に襲われるケースもあったようです(※3)。直⽴⼆⾜歩⾏であれば、体⻑が同じでも視点が倍くらい⾼くなります。そうした危険な外敵にも、いち早く気づくことができたでしょう。

二足歩行と体温調整の関係

 さらに、直⽴⼆⾜歩⾏なら⽇光の投射⾯積を⼩さくできるという利点もあります。哺乳類は体温を維持する能⼒を⾝に着けたことで、寒さに強く、恐⻯を絶滅させたK-Pg境界の気候変動を⽣き延びました。ところが私たち哺乳類の恒温性には、思わぬ⽋点がありました。体がオーバーヒートしやすく、最悪の場合には⾃分⾃⾝の体温で死に⾄る――熱中症の危険性があるのです。

 これはアフリカのサバンナや森の外縁部のような、⽊陰の少ない環境では深刻な問題です。ただでさえ⽇中の気温が⾼いだけでなく、四つ⾜歩⾏では背中全体を太陽に熱されてしまうからです。そのため、ライオンを始めとした⾁⾷獣たちは、気温の低い明け⽅や⼣⽅、夜間に狩りを⾏います。熱中症を避けるために、⽇中は⽊陰で休んでいる時間が⻑いのです。ここでも、直⽴⼆⾜歩⾏は有利です。四つ⾜歩⾏で背中全体を暖められる場合と⽐べて、⽇光の当たる⾯積が少なく、太陽熱による体温上昇を最⼩限にできるのです。結果、⾁⾷獣たちが暑さでへばっている⽇中にも活動しやすくなりました。外敵に襲われるリスクを減らしながら、エサを求めて歩き回ることが可能になったのです。

 以上のように、森の外縁部では直⽴⼆⾜歩⾏の得意な個体のほうがより⽣き残りやすくなり、より多くの⼦孫を残したのです。「⼤きな脳と直⽴⼆⾜歩⾏のどちらが先か?」という疑問の答えは、現在では明確に出ています。直⽴⼆⾜歩⾏が先であり、それは⽊々の少ない開けた環境への適応でした。

※1 最近ではNetflixのドキュメンタリー番組『チンパンジーの帝国』で、この様子が詳しく描かれていました。ややチンパンジーを擬人化しすぎているようにも感じましたが、とても興味深い番組です。

※2『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』(ダニエル・E・リーバーマン/早川書房 2015年)上巻P72

※3『進化の存在証明』(リチャード・ドーキンス/早川書房 2009年)P288

<第8回に続く>

Rootport(るーとぽーと)
マンガ原作者、作家、ブロガー。ブログ「デマこい!」を運営。主な著作に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)、『ドランク・インベーダー』『ぜんぶシンカちゃんのせい』(ともに講談社)など。2023年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。