小説家・湊かなえの苦闘の日々…“イヤミスの女王”の素顔に迫る、作家生活15周年記念本
PR 公開日:2023/12/20
日本を代表する小説家・湊かなえがデビューしたのは、2008年のこと。今年は彼女の作家生活15周年に当たる年だ。我が子を校内で亡くした女性教師の復讐劇を描いた『告白』(双葉社)で鮮烈なデビューを飾り、『少女』(早川書房)、『贖罪』(東京創元社)を立て続けに刊行。その後も第一線で活躍を続け、15年間で刊行したのは小説だけで26冊。“イヤミスの女王”として知られる彼女は、その日々をどんな思いで駆け抜けてきたのだろうか。
『ダイヤモンドの原石たちへ 湊かなえ作家15周年記念本』(湊かなえ/集英社文庫)は、そんな湊かなえのこれまでの歩みを総ざらいする1冊。なんて豪華な本なのだろう。これまで刊行された全作品の紹介やロングインタビューがあるのはもちろんのこと、淡路島で暮らす湊の日常に迫ったドキュメントや、彼女が強く影響を受けたという漫画『ベルサイユのばら』の著者・池田理代子との対談、さらには、書き下ろし小説まで収録されている。この本を読めば、湊かなえという小説家をもっともっと深く知ることができる。そして、ますます彼女のファンになってしまうのではないだろうか。湊かなえといえば、“イヤミスの女王”として知られるが、“女王”という響きには、どこか冷たさがつきまとう。卓越した存在で、いつでも余裕。“イヤミスの女王”という異名と、読者を圧倒する小説の数々から、湊かなえに対して、勝手にそんなイメージを抱いていた読者は多いはずだ。だが、この本を読むと、“イヤミスの女王”の素顔を垣間見ることができる。彼女の苦闘の日々を知るにつれて、その葛藤に心寄せずにはいられなくなるのだ。
小説家・湊かなえのこれまでを支え続けてきたもの。それは、反骨心だったに違いない。因島で生まれ、現在も淡路島で暮らしている彼女は、小説を書く前は脚本を書いていた。だが、あるプロデューサーに言われたのは、「地方に住んでいると脚本は難しい。読んで1時間で直しに来られる人じゃないと」ということ。また別のプロデューサーからは「ヒット作を作ろうと思ったら、東京の人に受けるものを書いたらいいんだよ」とも言われ、腹が立ったのだという。脚本家になるのが難しいなら、小説家になろうと思うと同時に、「絶対東京なんか舞台にするもんか」とも思っていた。地方に住んでいる人が「うちの近所で起こったのかもしれない」と思うような話を書こう。脚本だと俳優が覚えるのが大変だからと長台詞は書けないが、小説ならば書ける。そこで生まれたのが、小説推理新人賞を受賞した短編「聖職者」。モノローグだけで構成されたこの作品を長編にする形で生まれたのが、デビュー作の『告白』だった。
そこからは怒涛の日々だった。デビューしてから1カ月後に、2日間にかけて各出版社と会う時間があり、5年後くらいまでのスケジュールが決まった。子どもはまだ小学1年生。約束したものを果たさなくてはと、目の前にあることをただ必死にこなしてきたのだという。そうやって10年走り続けてきた時、ガクッとモチベーションが下がった。次の一歩の踏み出し方が分からなくなった時に思いついたのが、47都道府県の書店を巡るサイン会。思い起こせば、デビュー2年目くらいの時にとある地方の書店さんからサイン会に来てほしいという依頼があったが、「地方は人が集まらないので断りました」と出版社から事後報告を受け、悔しい思いをしたことがあったのだ。地方にだって、ファンはいる。読者の生の声を聞きたい。そして、実現したのが、出版社10社合同で行われた47都道府県サイン会ツアー「よんでミル?いってミル?」。本書ではその模様のレポートも掲載されている。
地方で暮らす者としての負けん気。自分の本を読んでくれる者たちへの思い。小説だけでは分からない湊かなえの素顔を知るにつれて、彼女を身近に感じる。さらには、本書には「告白のために」という書き下ろしも収録されているが、これもまた胸を打つのだ。「あなた」という二人称で振り返る、湊かなえの15年間は過酷。毎夜休みなく書き続け、体調を崩し、小説を書くのが嫌になったことは少なくない。ゴシップ誌は、自分のことや家族のことを面白おかしく書くし、愛猫はいつの間にか家を抜け出し、そのまま帰らなかった。血反吐を吐くような厳しい毎日の中でも、それでも書き続けて生まれたのが、湊かなえの傑作だったのだ。
“イヤミスの女王”は決して冷酷ではなかった。彼女は、当たり前のように葛藤し、それでも、自分を奮い立たせて、自らの才能を磨き続けてきたひとりの女性だった。そして、その才能は今、ダイヤモンドのようなまばゆい光を放ち続けている。湊かなえ作品は全て読破しているという人も、直近の映像化作品を読んで次はどれにしようかと迷っている人も。湊かなえという小説家の素顔を知れば、ますます彼女のことが好きになってしまうだろう。
文=アサトーミナミ