【イベントレポート】『鵼の碑』刊行記念!「メフィストリーダーズクラブ」京極夏彦×辻村深月のトークライブ
PR 公開日:2023/12/9
京極夏彦さんの「百鬼夜行」シリーズ、17年ぶりの新作『鵼の碑』。その刊行を記念して、京極夏彦さんと辻村深月さんのトークライブイベントがおこなわれた。書評家・大矢博子さんを司会に迎え、会員制読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ」の会員限定で配信されたその模様をレポートする。
文=アサトーミナミ
辻村深月の作家人生の節目にある、先輩・京極夏彦との2回の“握手”
辻村さんは、デビュー前から京極さんの大ファン。17歳の時には、友人と2人、京極さんのサイン会に行き、握手もしてもらったのだという。京極さん曰く、「サイン会は今まで4~5回くらいしかやってない」というから、かなり貴重な機会だったのだろう。山梨県の進学校に通う、遊びに奥手な高校生としては、子どもだけで県外に出かけるということ自体が大冒険。京極さんのサインを求めて、100人近くのファンが列をなすのを見た時、辻村さんは「自分の好きなものが、自分だけのものじゃない」ことに強い衝撃を受けたのだという。と同時に「自分もこんな風に読んでもらえる作家になりたい」と思った。そして、その数年後の2004年、辻村さんは、京極さんをキッカケとして生まれた文学賞「メフィスト賞」でデビューする。デビュー直後に京極さんとの再会を果たし、そして、大きな節目となった2012年には、辻村さんは再び京極さんと握手する機会に恵まれた。
辻村深月(以下、辻村):私、2012年に直木賞を受賞したんですよね。記者会見のために東京會舘に行ったら、会場へのエレベーターが開いた瞬間に京極さんが待ってくださっていて。私が、「えー!」って驚いていたら、京極さんが「おめでとう」と言って握手をしてくださったんです。「なんで京極さん来てくださったんだろう」って思っていたら、ご自身のキッカケでできた「メフィスト賞」から直木賞受賞者が出たからということでいらしてくださったと後から伺い、感激しました。
京極夏彦(以下、京極):一歩間違うとおまえが元凶といわれかねなかったところ、辻村さんのおかげで、「メフィスト賞ってちゃんと選考してるんだ」「いい作品もいっぱいあるよね」と、世間に知らしめられてよかったなと思ったんですよ(笑)。
デビュー前のサイン会での握手と、直木賞受賞時の握手。小説家・辻村深月の、作家人生の大きな節目には、先輩・京極夏彦との握手があったのだ。
デビュー時からずっと担当してきた元編集者「これは、僕のために書いてくれたんですね」
辻村:作家になってからサイン会をした時に言われてすごく嬉しかった言葉に「マイナーだけど大好きです」っていう言葉があって。
京極:それ、大事ですね。
辻村:そうなんです。そう言われた時に、「あ、自分だけが見つけた特別な作家だと思ってもらえているんだ」って思ったら、「私が京極さんのサイン会に行った時と同じ気持ちだ」って嬉しかったんです。
京極:その話を聞いて思い出しましたが、『鵼の碑』を担当編集者以外で最初に読んだのは、デビューの時からずっと担当してくれていた元講談社の唐木厚さんだったんですよ。で、まあ最初の感想が、「これは僕のために書いてくれたんですよね」だった。いやいや、そんなこと全然なくて、仕事で書いただけなんですけど(笑)。でも、そう思ってくれる人が一人でもいてくれたらいいなとは思います。
辻村:きっと『鵼の碑』を読んだ、みんながそう思うと思いますよ。
京極「『ああ、面白かった』で、終わってほしい。最後に残らないのがいいって思ってるんです」
最新刊『鵼の碑』の刊行に合わせて、「百鬼夜行」シリーズを改めて読み返したという人は少なくないだろう。その分量の多さから、京極さんは「読み返せないでしょう」と言うが、このシリーズの大ファンである辻村さんも、最新刊に向けて、シリーズを読み返した人の一人だ。辻村さんは、このシリーズを読むと、「17歳の頃の自分に気持ちが引き戻されてしまう」のだという。「読んでた時に自分が何処でどんなふうに読んでたか、当時の状況や思いが全部蘇ってくる」というが、京極さんは「それをある程度狙って書いている」のだそうだ。
京極:時代に沿った小説ってあるじゃないですか。でも、それって結果、古くなっちゃうんですよね。だから時代に合わせるんじゃなくて、常に読んでいる人の〝その時〟に合うように書ければなと思うんですよ。たとえば、17歳で読んだら、17歳の〝その時〟とマッチングするのがいい。20年後に読んだ人は、その20年後の〝その時〟に合った形になるのがよかろうと思う。今年書いた『鵼の碑』は、今年以降に読んでくださる方にもカスタマイズできるようにしたいと考えて書いてはいるんですが。まあ、そうなっているかどうかはわかりませんけど。
辻村:『鵼の碑』も、読まれた方の感想を聞いていると、「現代に生きる私たちの空気を吸った『百鬼夜行』だ」という声を聞くんですよね。京極堂たちが生きているのって、時間としては過去じゃないですか。でも、それが、新しく感じられるっていうのが、すごいです。
ずっとファンとして「百鬼夜行」シリーズを愛し続けてきた辻村さんだが、今回最新刊『鵼の碑』を読んで、作家になったからこそ、初めて気づいたこともあったそうだ。それは、京極さんが回想をリアルタイムの書き方で書かないということ。物語を読んでいると、あんなに登場人物の視点で過去を追体験していると錯覚させられるのに、この物語では、全て京極堂の語りによって過去が振り返られている。過去をこんなにも扱っている物語なのに、ドラマでいう「再現シーン」の形で挟まるようなエピソードが1回もないということに気づいて、辻村さんは震えたのだという。
京極:それは良いところに気が付かれましたね(笑)。ある時期から意図的にそうしてます。結局、何もかも再現されるのは読んでいる人の頭の中なんですからね。だから、「百鬼夜行」にはストーリーがないんですよ。いくつかの情報の層があって、それをある構造の中に収めた時にモアレみたいなのが生まれるわけです。もちろんどの階層で読もうと読者の勝手なんだけど、縦に俯瞰すると違うものが見えているわけです。それは意識下には響いているはずなんですよ。たとえば、キャラクターが好きで読んでいる人もいらっしゃると思うんですが、キャラクターだけ追いかけて読む人だって、それ以外のところも当然読んでいるわけだから、無意識に何かは醸成されてるわけでしょう。それがストーリーめいて感じられるだけですよ。物語は読者の中に立ち上がるんです。物語なんか書かれていないのに、物語があるような気にさせようというのが「百鬼夜行」シリーズなんです。
辻村:『鵼の碑』に限らず、このシリーズを読んでいる時だけ読者が全部を理解できるんですよね。『鉄鼠の檻』を読んでいる時には、私には宗教というものと、神についてはもうすべてわかったって思いました(笑)。
京極:でも、読み終わると忘れちゃうでしょう。
辻村:忘れちゃうというか……悔しいけど、そうなんです! 読み終わって、人に説明しようとした時に、何ひとつ自分が説明できないことに気づいて慄くんです。「これは何なんだろう」って昔から思っていて。
京極:そうでしょうね。レクチャーをしているわけじゃないので。『鉄鼠の檻』では、中禅寺が作中で禅宗の歴史をレクチャーするようなシーンがありますけど、それは単なる謎解きのための情報提供でしかなくて、賢くなってもらおうとか、啓蒙しようとかいう意図はまるでありません。小説なんだから「なんか面白かった」っていうくらいで終わってほしいですね。最後に何も残らないのがいいですよ。まあ、小説って情報の集積でしかないんだけど、それを読む行為は「旅行」であってほしいな、とは思うんですね。「旅行」って、なんか楽しいじゃないですか。帰ってくると、「行ってよかった」って思うけど、別に何も変わっちゃいない。思い出が残るだけでしょ。その旅行が自分にとってプラスになってもマイナスになっても、とりあえず「面白かった」で済ませられる、そういうのがいいですね。そうすると、「ああ、また旅行行きたいね」って思うじゃないですか。そういう小説が書ければいいですね。
シリーズ次作『幽谷響の家』はもうできてる?! 京極「でも、それは書くのは別ですからね」
「百鬼夜行」シリーズは、これまで、何度も素晴らしい「旅行」に私たちをいざなってきた。最新刊の『鵼の碑』というタイトルが発表されたのは、2006年に刊行された前作『邪魅の雫』の巻末予告でのこと。そこから17年間、ずっとファンたちは、その新しい「旅行」を待ち焦がれてきたのだ。
雑誌「ダ・ヴィンチ」2023年10月号の「京極夏彦」特集では、京極さんは、いつも「タイトルができたのと同時に物語ができる」と語っている。それは、『鵼の碑』でも同様。執筆業以外にも多忙を極めていたため、完成は延び、何度も書き直すことになったが、『鵼の碑』でも、タイトルが発表された17年前から、もう全てはできていたのだという。そして、トークイベントでは、『鵼の碑』に続く次作についても話が及んだ。
辻村:あの、私、この朝日新聞の『鵼の碑』の広告に一文コメントを寄せたんですけど、そこで初めて、「シリーズ次作・『幽谷響(やまびこ)の家』」っていう告知を見たんですね。タイトルがもうできているってことは、京極さんの中ではもう……。
京極:できてるできてる。でも、それと書くのはまた別ですからね。書きたくないし(笑)。
辻村:毎回違う切り口でこられるのが、本当に楽しみすぎて……。やっぱり妖怪の名前に最初はすぐ目がいくんですけど、でも、『鉄鼠の檻』を読むと、もう「檻」の話であったとしか思えなくなる。妖怪の、そのお話の中の構造を一文字で示すタイトル、『魍魎の匣』の「匣」とか『狂骨の夢』の「夢」とか。それが毎回、絶妙で素晴らしいなって思います。
京極:素晴らしいというか単純なんです。みんな同じなんですよ。「幽谷響(やまびこ)」っていうのは、みんな知っているでしょ、「ヤッホー」ですから。「幽谷響(やまびこ)」を構成する要素というのが素材としてあって、それが「家」という形になると、『幽谷響(やまびこ)の家』になる。だから、タイトル出した段階で、もう誰にでも書けますよ(笑)。
「いやいや、何をおっしゃいますか……書けません!」と、思わず、辻村さんも、視聴者もツッコミを入れたところで、約1時間に及ぶトークイベントは幕を閉じた。『鵼の碑』をまだ読んでいない人は読みたくてたまらなくなり、また、すでに読んだ人も、思わず読み返したくなっただろう。「百鬼夜行」シリーズの魅力を改めて感じるとともに、次作への思いも膨らむ贅沢な時間だった。
「メフィストリーダーズクラブ」では、今回のような作家トークライブを月1回ペースで開催しているほか、会員限定小説誌『メフィスト』が年4回発行されている。ミステリーファンなら必見。この機会に入会を検討してみてはいかがだろうか。
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