「このミス」第1位の『爆弾』著者・呉勝浩の最新刊。『悪人』×BTS×『AKIRA』のイメージがもとにある恋愛小説

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/1

Q
Q』(呉勝浩/小学館)

 ページをめくる手が止まらない、という表現は本書のような作品のためにある言葉だ。呉勝浩氏の新刊『Q』(小学館)を読んでそう思った。3作連続で直木賞候補になった呉氏は、昨年の『爆弾』でも広い層から支持された。同作は『このミステリーがすごい! 2023年版』、『ミステリが読みたい! 2023年版』の2誌で1位を獲得。驚異の二冠を達成した。同作は個人的にも愛読しており、否が応にも次作への期待が高まっていた。果たして届けられた『Q』は、予想を遥かに超える超弩級の傑作である。

 話は千葉県富津市から始まる。物語の核を成すのは、血の繋がっていない3人の姉妹と弟だ。過去に暴行事件を起こし、現在は富津で清掃会社に勤めるハチこと町谷亜八(以下、ハチ)。東京の企業でキャリアウーマンとして大活躍する、ロクこと睦深(以下、ロク)。そして、ふたりが愛情を注ぐ弟、キュウこと町谷侑九(以下、キュウ)。キーパーソンとなるキュウは、ロクとハチから寵愛されて育った。

 ストーリーを牽引していくのは、眉目秀麗でダンサーとして天賦の才を持つキュウ。カリスマ的な存在感を持つ19歳の彼は、ダンサーとして加速度的に知名度を上げ、世を席巻していく。SNSで拡散された動画は世界規模で広まり、急激に熱狂的なファンが増えていった。キュウの踊るさまを活写する呉氏の筆圧の高さには、ただただ圧倒されるばかりだ。

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 実は、ロクとハチは隠匿しておきたい重大な事件に関わった過去があり、その痕跡はふたりが長じてからも消えていない。事件を掘り起こそうと暗躍する者もおり、もし明るみに出たらキュウの活動にも支障が出る。ふたりはキュウのために奔走するが、義理の父・重和が関与してくることもあり、思うように事は運ばない。

 また、作中に出てくるコロナウイルスの扱いも巧み。〈おまえ、知らないのか?いま横浜港で、豪華客船が立ち往生しているの〉という登場人物の台詞はリアルで生々しく、皆の人生がパンデミックにより翻弄されていく描写は、実に巧く現実を切り取っている。そして、コロナ禍で世の中全体が閉塞していく中、キュウのパフォーマンスはひとすじの希望となり輝くのだった。

 登場人物は多様。YouTuber、大富豪、殺人犯、芸能レポーター、ダンサー、芸能プロデューサー、アイドル予備軍、清掃員など、ひとクセもふたクセもあり、人間関係は入り組んでいる。が、一文が短くリーダビリティーが高いこともあり、すいすいと読めてしまう。特に、キュウを中心とした大規模ゲリラライヴプロジェクトの場面は圧巻である。血と汗と涙が本から飛散してくるような、尋常ではない濃厚なエナジーと情念が渦を巻いているのだ。

 なお本書は、呉氏本人が認めているように、吉田修一氏『悪人』の本歌取り的な部分もある。インタビューによれば〈『悪人』×BTS×『AKIRA』のイメージがもとにある恋愛小説〉をイメージしたと話している。個人的には、佐藤究『テスカトリポカ』、桐野夏生『インドラネット』、恩田陸『ネクロポリス』などと並ぶ長編大作だと感じた。読者が何を求めて本に向きあうかは人それぞれだが、刺激や高揚感を求める方には、真っ先に本作を勧めたい。渾身の一冊である。

文=土佐有明