〈ドン!バシャッ!〉自殺の名所でニコニコする母親。怖すぎて話題のモキュメンタリー『近畿地方のある場所について』
更新日:2024/2/1
興味本位で手に取ると、夜中に怖い思いをするかもしれない。『近畿地方のある場所について』(背筋/KADOKAWA)は、初めにそんな予告と警報を発しておきたい一冊である。ベースはカクヨムというサイトで連載されていたホラー小説で、フィクションをドキュメンタリーのように見せる演出が特徴。いわゆる、モキュメンタリーと言われる表現方法が採用されている。
序盤、語り手である「私」は、学生時代からの友人である小沢から連絡を受ける。出版社に就職した小沢は、オカルト雑誌の別冊を編集しており、そのヒントとなるような過去の記事を調べているという。そのうちに彼は、近畿地方のとある場所が頻繁に記事に登場することに気付いて、オカルトに詳しいライター(=私)に協力を依頼。この本はそのようにして幕を開ける。冒頭からそうとう不穏だ。
本書には、特定の地域にまつわる怪談や都市伝説、ネットの匿名掲示板への投稿などが、時系列を無視して掲載されている。怪奇体験談やインタビューのテープ起こし、オカルト雑誌の編集者とライターの会話も挿まれる。それらを読み進めるうちに、点と点が線となり、ひとつの像を結ぶ構成となっている。断片的な情報を頼りに読み進めると、終盤で一気に伏線が回収されるのだ。
印象的なエピソードをいくつか挙げよう。夜中にマンションで目撃された赤い服の女は、一定の間隔でひたすらジャンプを繰り返す。その女は、首が据わっていない赤ん坊のように、着地の振動に合わせて頭がぐらぐら揺れるという。また、ある学校の9つの不思議(7つ、ではないところがミソ)では、「人体模型のダンス」「ひとりでになるピアノ」「渡りろうかの生首」などを収めている。
物語性の強いパートは、更に不気味である。人気のないマンションに転居した高齢の母親を娘が訪ねると、母は何かを待っているようにずっと窓の外を見ている。するとある時、〈ドンっという音とバシャっという音が同時に鳴ったような奇妙な音がした〉という。〈母はニコニコと笑っていた〉そうだが、後に、そのマンションが飛び降り自殺の名所だったことが判明する。
鳥居の絵が描かれたシールのようなお札に関する話も奇妙である。子どもが自殺してショックを受けた女性が、自宅の壁や床や天井いっぱいに札を貼りまくる。貼る場所がなくなると電柱や町内掲示板にも貼り、しまいには街頭でシールを配り始める。このエピソードは形を変えて何度も登場し、その度に全身が総毛立つ。
この手のモキュメンタリーは、謎が謎のまま終わるケースも多いが、本書は違う。個々のエピソードの恐ろしさはもちろん秀でているが、終盤で読者を納得させる工夫が凝らされている。語り手本人の恐怖が直に伝わってくるのも特色で、フィクションと分かっていても、悪夢が現実に侵食してくるような錯覚を覚えてしまう。それくらい生々しいのだ。
また、取材資料と称する袋とじが最後に設けられている。本文とリンクする写真やイラストが数点あるだけなのだが、あまりの怖さに鳥肌が立ち、2度以上見ることができなかった。いや、正確には、ずっと凝視していると、自分が見てはいけないものを見ているようで、目を背けざるを得なかった。果たしてあなたはどう感じるだろうか。繰り返すが、興味本位で手に取ると、夜中に……。
文=土佐有明