推し活向けの託児所があったら? 「好き」を諦めなかったワンオペ・オタクママの闘い
公開日:2023/12/14
同人イベントに参加するようなガチなオタクではなくても、連ドラにハマったり読書が好きだったりと、誰もが何かに熱中した経験があるはずだ。しかし、それが自分にとっていかに大事だったのかを実感するのは、熱中する時間が失われた時なのではないだろうか。そんな趣味を奪われてつらい人、そして「好き」に支えられて生きるすべての人の心を揺らすのが、本書『同人イベントに行きたすぎて託児所を作りました』(四辻さつき:原作、マツダユカ:作画、うおまち時ノ:ネーム構成/KADOKAWA)だ。
本書は、二児のママが、同人イベント向けの託児所を作るまでの実話を基にしたコミックエッセイ。主人公・四辻さつきは、小学生の頃からマンガやアニメが好きなオタクママ。イヤイヤ期絶頂の2歳の息子のワンオペ育児と、第二子妊娠によるつわりで疲弊していた。ある日、何気なく観た深夜アニメの沼にどっぷりハマり、二次創作やイベント参加などの同人活動を開始。「好き」で日々が輝き始めたことをきっかけに、子育て中の人が推し活を楽しむための同人イベント向け託児所を作ろうと思い立つ。
序盤、さつきが、ママではなく「私」でいられる時間を手にして自分を取り戻していく姿は、子育てなどの事情で趣味を諦めて生きる人の共感を呼ぶ。夫は自由に飲みに行く中で、数カ月に1日、妻が家をあける時にかかる大きな心労。「趣味を楽しむために子どもを預けるなんて」という世間の圧力。そういった苦しみだけでなく、推しの沼に落ちた衝撃や、オタバレへの必死の抵抗、趣味の時間が充実するほど子どもに笑顔になれる不思議など、オタクや子育て世代にとっての「あるある」が満載だ。
そして、悩みながらも、推し活が子育てママに与えるパワーを信じて夢の実現へと向かうさつきの姿と、それを支える人たちの行動や言葉が感動的だ。子どもを持ったからといって、その人から「好き」を奪っていいはずがない。むしろ、育児という大変な仕事に前向きに取り組むためには、自分が自分らしくいられる時間が必要だということを、この物語は教えてくれる。
同時に、特に子育て中の人は、大切な存在のお世話をしているうちに、自ら「私が我慢すればいいんだ」という思考に陥っていると気付くのではないだろうか。本書でも、ママになって初めて参加する同人イベントに緊張したさつきが、「ママになったんだから我慢しないと」と言われる夢を見るという苦しいシーンがある。しかし、さつきが好きを貫いた先にあった感謝の連鎖が、自分を大切にすることが誰かを支えることになるのだと教えてくれる。子育て中のママやパパが趣味を楽しむ時間を増やせば、家庭に関する多くのトラブルは解決するのではないか――大袈裟ではなく、本気でそう感じた。
子育てだけでなく、仕事や私生活などのやるべきことに追われて、自分のための時間を作れない人も多いはずだ。そんな人が抱く「自分の時間のために人に助けを求めるなんて」という思い込みを、本書は溶かし、視野を広げてくれる。誰かのためにがんばっている人が、明日から自分を大切にしようと思える1冊だ。
文=川辺美希