森恒二の新作は盟友・三浦建太郎と作った最後の作品――夢の中で炎を操るダークヒーローを描く『D.ダイバー』
PR 公開日:2024/1/6
私利私欲の限りを尽くし、人としての道理から外れ、弱者を虐げ、他人を道具のように操り、法に触れる行為をしているのに、裏から手を回したり、隠蔽工作をしたり、人に責任をなすりつけたりして、自ら犯した罪から逃れる悪人たち……しかし“もしも”だ。もし誰にも見つかることなく、そんな卑劣者に制裁を加え、罪を認めさせることができるとしたら、あなたはどうするだろう? その手を血に染め、ダークヒーローになりたいだろうか?
2023年5月から青年漫画雑誌「ヤングアニマル」誌上で連載が始まった、森恒二先生の『D.ダイバー』待望の第1巻が発売となった。主人公は5歳のときに火事で両親を亡くした大学生カグラだ。カグラは毎夜見るリアルな夢に戸惑っていたが、ある日ゼミの実習で取り上げた事件の傍聴のため裁判所を訪れた夜、被告人の男が夢の中に現れ、彼の身勝手な心の声が聞こえた上に凄惨な事件現場を目撃する。カグラは激しい怒りの衝動に駆られ、身につけていた空手の技によって男を打ち倒すが、なぜかそれが毎夜続くことになり、やがて夢が現実と繋がっていることに気づく。なぜ奇妙な夢を見るのか? どうして夢と現実がリンクするのか? そして本当は両親は事故ではなく、火事を装った事件で殺されたのではないか? そんな様々な謎と炎の記憶を持つカグラが孤独なダークヒーローとなり、悪を成敗するストーリーだ。
森先生が『D.ダイバー』となる物語のアイデアを考えたのはかなり前のことだったそうだが、それを知った高校時代からの盟友である三浦建太郎先生から「ダークヒーロー的なものを描けよ」「森ちゃんが一番得意なのは決闘だから、それをメインに描けよ」とずっと言われていたという。ところがその三浦先生が『ベルセルク』執筆途中の2021年、突然この世を去った。これが大きなきっかけとなり、現在連載中の『創世のタイガ』と『ベルセルク』の監修という2つの仕事と並行する形で新連載を始めることにしたそうだ。常々三浦先生とお互いに相談をしながら漫画を描いていたという森先生は「『D.ダイバー』は三浦と作った最後の漫画になると思うので、描いて、残さないと、って思ったんです」とインタビューで語っている。
法律家だった父と同じく法を学ぶカグラは正義感が強く、卑劣な行為に我慢できなくなると、普段は心の奥底に閉じ込めている「平穏だった幸せな生活を犯罪者に突然奪われた」という思いが蘇ってくる。その抑えきれない力によって、罪から逃れようとする卑怯者に対し、現実であれば殺しかねないほどの鉄拳制裁を加えていく。しかし夢の中で受けた傷や痛みは現実の肉体にも影響してくるため、無敵なわけではない。また誰の夢にでも行けるわけではなく、実際に会って胸が焼ける感覚を覚えたときにだけ炎に包まれた状態で相手の夢に渡ることができる。しかしなぜそうなるのかは、今のところカグラ自身にもわかっていない。
カグラは自分の存在を“悪夢”と称し「オレはお前の夢だ 誰も眠りからは逃れられない 悪夢(オレ)から逃れる事は」「やめない 正義や倫理じゃない やめてはならない 胸の中の炎がそう告げている オレはやめない」と行動を正当化する。
たしかに世の理不尽や邪悪な存在に対しては、法や規範などによる抑止力や強制力を行使することでしか対処できないこともある。だが義憤に衝き動かされ、無法な力によって制裁を加えることは果たして人として正しい行いと言えるだろうか? そしてカグラに与えられた力の源泉、炎の記憶、一度暴力のスイッチが入ってしまうと自制が利かなくなってしまう原因は何なのか? 夢に渡る日々を繰り返すことで受ける傷や睡眠不足は、カグラの肉体と精神にどんな影響を及ぼすのか? 古今東西のヒーローが直面した“戦う理由”についてはどう描かれるのか? また読者がカグラの考えや行動に共感してしまうことは“悪”なのだろうか? 興味の尽きない『D.ダイバー』の今後の展開に期待したい。
©森恒二/白泉社
文=成田全(ナリタタモツ)