マンガ家とアニメーターは似て非なる職業! マンガ家(妻)から見た、作画監督(夫)の生態とは? 『わが夫はアニメーターである』著者が語るニコ生配信レポート
公開日:2023/12/15
マンガ家と、アニメーター。絵を描くという点では共通しているその2つの職業には、どのような違いがあるのだろうか。その違いが詳しく分かるのが、作画監督である夫の姿を描いた見原由真さんのコミックエッセイ『わが夫はアニメーターである』(見原由真/KADOKAWA)だ。YouTube「アニメの門チャンネル」の「藤津亮太とまつもとあつしのアニメの門DUO」にて、見原さんをゲストに動画を配信。本記事では、「マンガ家のヨメが見た作画監督の生態」と題し、ジャーナリスト・まつもとあつしさんをMCに配信されたその動画の内容をレポートする。
マンガ家は「監督や脚本家」、アニメーターは「役者」…似て非なる2つのお仕事
マンガ家と、アニメーター。見原さんは、その仕事の違いを、マンガ家は「監督や脚本家」、アニメーターは「役者」とたとえる。
「まずキャラクターの捉え方が全然違いますね。マンガ家は、キャラクターを生み出して、そのキャラクターがどんな人生を歩むかということを伝えるために絵を描きます。一方で、アニメーターは、キャラクターの情報をもとに、それになりきって、どう演技するか、どう動くかを考えて絵を描いていきます」
『わが夫はアニメーターである』には、作画監督である夫・タッペイさんの仕事ぶりがよく分かるコラムがある。タッペイさんの仕事は絵の修正だ。そこで、試しに見原さんが書いた「女の子がタバコに火をつける」というイラストのラフを、タッペイさんに修正してもらったのだ。見原さんの絵は一枚絵としては成立していても、アニメーター視点では、顔が向いた先にライターの手がないのは不自然であり、ライターを持つ手が顔の向きから少しズレているという。人体の作り的にも違和感があるようで、「耳を寄せる」という指摘も入っている。マンガでは成立する絵でも、動かすことを前提に考えるアニメーターからすると、何かと気になる部分があるようだ。
孤独に絵を描き続けるだけじゃない! アニメーターが突然「営業モード」になることも?
マンガ家は編集者、アニメーターは制作進行とやり取りをしながら作品を作り上げていくが、その関係にも違いがあるらしい。マンガ家にとって、編集者は二人三脚でマンガを作っていくパートナー。電話やメール、LINEで密に連絡を取り、何度も直接会って、キャラクターやストーリーの方向性を話し合って、マンガをブラッシュアップしていく。
一方で、制作進行は、マンガ家にとっての編集者とは異なり、作品のキャラクターやストーリーの方向性には関わらないが、アニメの制作が滞りなく進行できるように、アニメーターとアニメ会社のパイプ役をしてくれる。やり取りは主に電話で行い、アニメーターは仕事の進捗状況を報告し、もし遅れがある場合は、制作進行にスケジュールを調整してもらう。直接やり取りする機会はあまりなく、出来上がったカットは宅配便で送るらしい。見原さんによれば、作画監督のタッペイさんは、疲れ果てて椅子の上でうずくまっていたとしても、制作進行から電話が掛かってくると、スイッチが切り替わったように「営業モード」になるのだという。アニメーターというと、黙々とひとりで机に向かい続けるイメージだから、「営業モード」になる瞬間があるというのは、意外に感じるかもしれない。
アニメを見ると、タイムシートが見える!? ここがヘンで、ここがすごい! 作画監督の生態
はたから見ると、マンガ家もアニメーターも似た職業に思えるが、マンガ家の見原さんからすれば、タッペイさんの仕事は未知の領域が多い。その生態は謎に満ちているそうで、見原さんはその様子についても教えてくれた。
MCのまつもとさんが思わず笑ってしまったというのが、タッペイさんが自分で布団を敷いても、仕事場の椅子で寝てしまうというエピソード。タッペイさんは「布団は完全に休む場所」と考えているのか、布団に入ることに後ろめたさを感じるようで、結局、布団を敷いても椅子でダラダラ長居してしまい、そのうちに充電が切れて寝落ちしてしまう。1~2時間、平気で寝てしまうため、椅子の座面のクッションは、片側だけがすぐにへたってしまい、頻繁に買い替えているのだそうだ。
また、見原さんとタッペイさんが一緒にアニメを見た時のエピソードも面白い。タッペイさんはアニメを見ると、「タイムシートが見える」らしい。タイムシートとは、絵とセリフ・効果音をどのタイミングで合わせるかの指示書。それが見えてしまうとは、職業病のようなものなのだろうか。
「実家で『もののけ姫』を見ていた時にも、他の家族はメインキャラについて『サンが好き』『アシタカが好き』みたいな感じで盛り上がるんですけど、タッペイだけは名前もないようなキャラに食いついたりとか、こだまが出てきた時に『これは24コマのフルアニメーションだね』みたいなことを言ったりするんです。誰もキャッチできないので、『タッペイくんは見方が全然違いますね』と、私が副音声のように、他の家族に解説しなくてはならなくなります」
その他にも、アニメのキャラクターの喋る時の口の動きに注目して、何回口を閉じているか、「閉じ口」の数を数えたり、「ここはキャラクターが動きを強めて喋るシーンだから、『閉じ口』を増やす演出にしたんだろうな」などと分析を始めたり……。
見原さんはそんなタッペイさんの分析癖を語りつつも、「でも、もうこれはしょうがないですよね」とも言う。「いいものを見ているからこそ、分析したくなっちゃう。『こういう風に分析しているんだ』ということを周りにも伝えたくなっちゃうんですよね」。そう夫を観察する見原さんの視線はなんて愛情に満ちているのだろう。
修正用紙はアニメーターの手書きSNS?マンガ家が分析するアニメのお仕事
アニメは、シーン一つとっても、たくさんの人の手によって作られている。まず、絵コンテをもとに原画マンがレイアウトを描き、それを演出・監督がチェック&修正。作画監督がその情報をもとに修正した絵を描き、さらに、総作画監督がそれを確認して、必要があれば、追加で修正を入れる。このように色んな人を経由していく過程で修正用紙が積み重なり、そこにはアニメーターたちのたくさんの手書きコメントが添えられていく。そのやり取りは、マンガ家である見原さんにとっては独特に感じるらしい。
「マンガ家は、アシスタントさんにデータで原稿を送る場合、原稿データとは別のレイヤーに『こう書いてください』っていう指示を書いたり、『前回のすごく良かったです』みたいなコメントを入れたりして送りますが、基本的には1対1のやり取りです。でも、アニメの場合は、たくさんのアニメーターの手書きのコメントが手元に来て、それをチームみんなでぐるぐる回して共有していく。そのやり取りが、もう本当に、アニメーターたちの生のSNSみたいだなと思いました」
「アニメーターたちのSNS」とは、秀逸なたとえだ。ときにそこには罵詈雑言が書かれることもあり、次の担当者の目に入らないように、制作進行が一生懸命それを消しゴムで消した跡が残っていることもあるんだとか。逆にいい仕事には「いいね」がつけられたらとも感じるが、タッペイさんは「心の『いいね』は仕事で返す」との思いで絵を描き続けている。自分に寄せられた評価や期待に、絵でこたえようとする。タッペイさんの姿はなんともカッコいい。
すれ違いがちな、マンガ家とアニメーターの夫婦…そこにある深い夫婦愛
『わが夫はアニメーターである』では、マンガ家・アニメーター夫婦の休日の過ごし方についても紹介している。たとえば、休みの日にデートに行こうとしたら、タッペイさんに急な仕事が入ったり、それが落ち着いたと思ったら、今度は見原さんに創作の神様が降りてきてしまったり。普段からすれ違ってしまうことは少なくないらしい。
月刊誌『ニュータイプ』で連載をしていた見原さんは、定期的にどこにどういうスケジュールが入るか、ある程度決まっているから、規則正しく生活しやすい。だが、タッペイさんは、複数の作品の色んなシーンを担当して仕事が立て込んでくると、締め切りがあらゆるタイミングにあり、昼夜逆転しがちだ。だが、「どうしてもこの日は夫婦で出かけたい」という日があれば、タッペイさんは、その日にはうまく朝型になるようにちょっとずつ調整して、仕事をこなしてくれるのだという。
見原さんとタッペイさんはすれ違いが多くとも、一緒に聖地巡礼に出かけるなど、趣味を満喫している。MCのまつもとさんは、「愛がありますね」「本当に『ごちそうさまです』という感じです」と、その夫婦愛に圧倒されたようだが、ズバリ、見原さんは、タッペイさんのどんなところに魅力を感じているのだろうか。
「アニメーターとして色んな顔を持っていることと、それを私の前で惜しみなく見せてくれるところが一番好きですね。家でひたすら机に向かって殺気立っていたり、制作進行さんや監督さん、演出さんと接した時に急に『営業モード』に切り替わる、人たらしな顔があったり、褒められて嬉しそうにしていたり。絵を描くことに苦しめられることもあるのに、それでも結局アニメを見れば、分析せずにはいられない熱い顔があったり。一緒に住み始めて7年ぐらい経つんですけども、未だに色々新しい発見があって楽しいですね。たくさんの面が出てくるほど、タッペイのアニメーターとしての年輪が刻まれているのを間近で見ているような気になります」
視聴者からのコメントでは、「今日はラブコメの波動が強い」なんて声も。今回の配信は、見原さんのタッペイさんへの愛情を感じさせられるものだったが、コミックエッセイ『わが夫はアニメーターである』には、動画では紹介しきれなかったエピソードも満載だ。アニメーターという仕事の理解にもつながるこの作品をあなたも手に取ってみてはいかがだろうか。マンガ家・アニメーター夫婦の愛あふれる姿に、思わずほっこりさせられるだろう。
文=アサトーミナミ