コミックス累計85万部突破の『いとなみいとなめず』。結婚から始まる純愛がピュアすぎて夜のいとなみを「いとなめず」
PR 公開日:2023/12/27
戦前までの日本は、恋愛結婚よりお見合い結婚のほうが多かったという。家と家のつながりを重視して、本人たちの感情よりも家柄のつりあいを重視する家庭も多かったようだ。ただ始まりがお見合い結婚だからといって、それが理由で不幸になった夫婦はごく一部だったのではないだろうか。現代は恋愛結婚が主流だが、長く交際を続けて結婚に至っても、その後、夫婦仲が悪くなり離婚に至ることは珍しくない。一方、お見合い結婚であっても互いを労り合い、幸せな日々を過ごしているカップルもいる。私を含むほとんどの人は結婚から始まる恋愛を経験していないと思うが、結婚後に相手の魅力を知って恋ができるのなら、昔のお見合い結婚も、一概に辛いものとは言えないのではないだろうか。
『いとなみいとなめず』(水瀬マユ/双葉社)はお見合い結婚ではないが、結婚してから本格的に恋愛が始まるという内容の漫画だ。
物語は、不動産仲介業者で、客に賃貸物件を紹介する営業マンの純岡清(すみおか・きよし)と、高校を卒業したばかりの飛鳥馬澄(あすま・すみ)の結婚式から始まる。ふたりの出会いは、清が通うお弁当屋で澄がアルバイトをしていたときだった。
当時、澄はまだ高校生だったのだが、それを知らなかった清は彼女に一目ぼれをしてしまう。両親がいない澄は、早く大人になって祖父母を安心させたかったこと、まだふたりが知り合っていないときに清のやさしい姿を見たことを理由にプロポーズを受け入れる。そして澄が結婚できる年齢になった18歳からふたりの結婚生活は始まるのだ。また、当時26歳の清と18歳の澄には共通点があった。ふたりとも、今までだれかと付き合った経験がないのである。結婚すればいわゆる夫婦の夜のいとなみも始まるわけだが、清は澄のことを大切に想うあまり夜のいとなみを「いとなめず」結婚生活は始まる。
本作はあまりにもピュアなこの夫婦と、澄がどんどん清に惹かれていく心理描写が大きな見どころだと考えている。誠実で常に澄を思いやる清は、まるまるとした体形で決してイケメンではない。性格も不器用だ。読者の私は女性だからか、最初は清に魅力を感じなかった、しかし1巻、2巻……と読み進めるにつれて「こんないい男、なかなかいないのでは」と自然に思えるような工夫がなされている。ヒロインの澄が清に惹かれる理由も、ご都合主義に陥らず、清や澄の行動と心理描写によってこまやかに描かれる。
たとえば清は、結婚後、寝室でも澄が自分に対して警戒心を抱かないように、たくさんのぬいぐるみをはさんで眠る。彼は澄と出会ってからずっと彼女に恋をしているが、結婚後も、無理に関係を進めようとせず、妻である澄の気持ちをとても大切にしているのだ。その思いは澄の心をもあたため、澄は清への想いを深めていく。
ふたりの関係は、9年間澄を想い続けていた深田充(ふかだ・みつる)や、清の幼なじみで兄妹のように育った森薗梓月(もりぞの・あずき)といったライバルの存在によってより深まる。
同年代の充が、長いあいだ自分に片思いをしていたと知った澄は、驚きながらも彼の気持ちを受け入れる道を選ばない。その時、澄は自分のただひとりのパートナーは清だと再認識したのだ。清も清で、梓月の清への積極的なアプローチをきっぱりと拒絶する。それによって読者である私自身も、梓月はあくまでも清の妹のような存在であり、澄に対する恋慕とは別物なのだと確信する。また、本来なら悪役にすることもできる充や梓月を血の通ったひとりの人間として描き切っていることにも注目したい。ふたりとも心の奥底では自分の恋する相手の幸せを願っている。その隣に自分がいることを望んでいたが、そうではないと知った時の充や梓月の心情はリアルで読み応えのあるものだ。
また、本作には清に「そのままでいいんだよ」と声をかけてくれる清の先輩の黒坂や、澄に寄り添い時にはアドバイスしてくれる澄の祖父母、清の誠実さをさりげなく澄に伝えるお弁当屋の実乃梨など、ふたりの理解者も多数登場する。その中に、いわゆる悪役はいないのだ。清と澄の真っ直ぐさが、この夫婦を応援しようとする人を増やしているのかもしれない。
ところが最新の9巻では、ふたりにとって最大のピンチが訪れる。
他人が介入することのできないとある夫婦の問題によって、清と澄がすれ違ってしまうのだ。お互い愛し合っている夫婦なのに、どうして問題が生じてしまったのかと考えると、清と澄だけではなく、現実にいる多くのカップルが抱える問題につきあたった。人生を共に歩む関係であっても以心伝心はできない。自分ひとりで考えているだけでは相手に伝わらない。自分の気持ちを言葉にして、相手と意思疎通を図るためにはコミュニケーションが必要なのだ。勇気を出して思っていることを伝える。相手の返事は自分の期待と異なるものかもしれないが、コミュニケーションを出発点にすれば、お互いが歩み寄るきっかけが作れる。
清と澄は、コミュニケーションによる相互理解に辿り着くことができるだろうか。そしてふたりの関係は、今後どのように変わっていくのだろうか。ふたりの心情に気持ちを寄せてほしい。本作が描いているのは、決して漫画の世界だけで起こる話ではない。読者それぞれが、読み進めるにつれて、自分自身のパートナーシップについての考え方を認識するきっかけ作りにもなる漫画なのだ。
文=若林理央