「頭がおかしい」と言われても30年間マグロの養殖をした大学。学生にイノベーションをもたらす大学戦略

ビジネス

更新日:2024/2/7

未来をつくる大学経営戦略
未来をつくる大学経営戦略』(柴田巌/プレジデント社)

 イノベーション(革新)やブレークスルー(突破口)は、異なる分野のかけ合わせから生まれるとよく言われます。本記事でご紹介するのは、大学運営とビジネスのかけ合わせについて書かれた『未来をつくる大学経営戦略』(柴田巌/プレジデント社)です。

 著者が代表を務めるAoba-BBT社は、「知のネットワークは人間の能力を無限に伸ばす」というミッションのもと、国際教育事業と若手社会人・経営層のリカレント教育(いわゆる「学び直し」)を主軸として、インターナショナルスクール・企業研修・オンライン大学・MBA大学院などの事業を展開しています。

 著者は既存の大学の運営スタイルに「売上を増やす」というスタンスが欠如していること、授業料・補助金・給付金に依存していること、通学が前提になっていることなど、常識を根本から問い直してきました。

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 例えば著者の提言の一つに「一定数の授業をオンラインに適宜切り替えれば固定費を削減できる」というものがあります。コロナ前ではもしかしたら急進的に感じたかもしれませんが、アフターコロナの現在、理解者・賛同者が増えたことでしょう。

 従来と比べて「攻めの姿勢」に大学運営が転換されるには、ある程度のリスクも取りながら変化を冷静に見つめて“ベストミックス”を模索することが大切だと、著者は本書で主張しています。

大学が特徴を出していくためには「カリキュラム」と「教員」、そして「卒業生の社会での活躍」の3つがカギになると思います。そのためには毎年代わり映えしない授業しか提供できない固定的な体制を改め、常に世界中を見渡してクラウドソーシングでキラーコンテンツを提供できる教員に声をかけ、ベストミックスを追求できるような体制づくりを部分的にでも始めるべきです。

 授業の言語に関しても「日本だから日本語で授業を」とは考えず、3つの公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語)があるスイスの教育現場の事例を挙げながら、英語やアジア諸語の授業を積極的に取り入れることを提唱しています。ただもちろん「外国語をたくさん学べば世の中の問題が解決する」と著者は考えているわけではありません。

・コミュニケーション能力
・問題解決能力
・ファクトベースで考える力

 これら3点を研ぎ澄ますことが大事だと説かれています。そして、そうした能力の「ベストミックス」を携えた学生が、イノベーション・ブレークスルーを起こしたり、地域社会との連携を強化して文化を醸成したりすること。これが著者のビジョンです。そのため本書は一貫して、「今」の状況への対処ではなく、未来への舵取りが「今」必要だということが説かれています。

 最終章の「大学変革のフロントランナーとの議論」では対談相手4人の中に近畿大学の経営戦略本部長・世耕石弘氏が含まれていて、交通機関内の広告などでも目を引く「近大マグロ」の研究が30年以上前から始まっていたことが紹介されています。

近大マグロの研究は1970年代に着手されましたが、あれだけ高速で泳ぐ魚を海の中の生簀(いけす)で飼うことに対し、マグロに詳しい漁師の間では「頭がおかしいのか」と思われていたようです。32年間、国から補助金も研究費ももらわずに研究を続けられた理由は、真鯛やシマアジ、ヒラメなどの養殖技術から利益が出るようになったからです。

 大学・教育関連の仕事をされている方はもちろん、企業や組織で運営方針の転換を図る立場の方の「未来に向けた一歩」を後押ししてくれる一冊です。

文=神保慶政