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　主人公「山本雪乃（やまもとゆきの）」は家族の経営する会社のため、政略結婚をすることになる。地元に戻り、真摯に取り組んできた仕事も辞めることが決まっていた。しかし、好きでもない人との結婚が決まっていても、雪乃の心には一人の男性がいる。それは、雪乃の同期でエリート御曹司の沖田だった。

　雪乃は素直に伝えるわけにはいかない恋心を昇華するために、沖田と一夜を共にする決意をした。性行為はおろか、キスさえ未経験の雪乃が「帰りたくないっていったら…どうする？」と、沖田を誘う覚悟は相当のものだっただろう。それが倫理に反していると分かっていても、そこに愛がないのだとしても、今晩だけは沖田が欲しかったのだ。このまま時が止まればいいと祈るほど幸せな夜をすごした雪乃は、沖田がシャワーを浴びている間に帰り、叶わない恋を諦めようとした。

　しかし、雪乃の恋は終わらない。実は沖田も雪乃のことが好きだったのだ。雪乃の事情を知らない沖田は、雪乃への独占欲を隠すことをやめた。一夜だけの関係ではなく雪乃を自分だけのものにするために全力でアプローチする沖田の姿に、思わず胸をキュンとさせられる。特に、眠っている雪乃に対して心の内を吐き出す切ない沖田の表情は、美しいイラストと相まってより心に刺さる。素直になれない切なさと甘い胸キュン展開で、日常にはない「上質な大人のときめき」を味わえることが本作の魅力といえる。

　沖田との夜を無かったことにしてほしいという雪乃に対し、沖田は「雪乃のことが好きだからこそ抱いたのだ」と告白する。実は両想いだったことを知った雪乃の気持ちは、決められた運命と本当なら幸せなはずの恋心の間で激しく揺れ動いていく。しかし、ふたりはこの先一緒にいられない。大好きな沖田と離れるために「嫌い」と伝える雪乃の姿には、思わず胸が締め付けられるのではないだろうか。隠しきれないほどの「好き」を押し殺そうとする雪乃の感情が、沖田のTシャツを握りしめる手や表情から痛いほど伝わってくる。

　しかし、雪乃の嫌いは好きの裏返しだと分かっている沖田は、簡単に雪乃のことを諦めない。どんなに壁を作られても、頼ってもらえなくても、雪乃の力になることを決意する。沖田はただ雪乃が好きなだけではなく、とても大きな恋心を持っているのだ。その感情の重さを感じるたび、雪乃を縛る政略結婚という壁の大きさも増していく。両想いにもかかわらず、今のふたりの歩む道はハッピーエンドにつながっていない。

　雪乃の力になりたい沖田と、何も話さず沖田への気持ちを思い出にしたまま去ろうとする雪乃。この先、ふたりの関係はどのように変化していくのだろうか。どうか雪乃と沖田には「ふたりで幸せになる未来」が訪れてほしいと思う。ふたりの未来を最後まで見届けながら、日常にはない大人のときめきを楽しんでもらいたい。

文＝押入れの人 / ネゴト