映画評論家が描く映画のように展開する自炊本。ただパンを焼くことから始まる、26週で誰でも「自炊者」に
更新日:2024/2/1
2023年12月、三浦哲哉『自炊者になるための26週』(朝日出版社)が刊行された。一週一章ずつ課題をクリアしていけば、26週で誰でも「自炊者」になれるという。刊行前からSNSで話題になっていた本書を手に入れた私は、自炊をまったくしない自分が、はたして自炊者になれるのか実験しようと考えた。
最初の「自炊」は「トーストを焼く」である。セブン-イレブンで超熟を買ってきてオーブントースターに寝かせる。ジジジとタイマーを回す。時間は特に書かれていない。すると食パンいっぱいに焦がした。真っ黒になったそれをフォークの先で削りながら、「そりゃあ、最初に読んだときは、トーストを焼くだなんてハードルが低すぎないか、と思った、しかし」と歯を食いしばる。自分の自炊能力の低さを舐めていた。
〈私の場合、トーストを焼くときのポイントは、「いいにおいのする熱々の湯気を、パンに充満させること」です。〉
〈加熱時間は、パンそれ自体に含まれている水分がしっかり蒸気になって中に充満するところまで、ただし、外側が焦げて苦みが出る手前まで。〉
「1 においの際立ち」
湯気、蒸気、という言葉があった。「焼く」という言葉で連想されるのは「水分を飛ばす」だったが、トーストを焼くことにおいては「パンに含まれている水分」を、パンの中に「充満させる」ことが目的だったのだ。トースターの前に陣取ってそれを観察する。パンの香りがしはじめたころ(パンの匂いってこんなだったか)でチンとタイマーを切り、取りだす。熱い。何も塗らずにサクサクと食べる。完璧な焦げめと湯気である。
二番目の「自炊」は「米を炊く」である。パンを焼けるようになった私は、米なんて楽勝だとほくそ笑む。トースターと違い、炊飯器のスイッチさえ入れれば済む。マルエツで米を買ってきて洗い、浸水させて水を切り、炊飯器に入れる。
〈スイッチを入れると、水がだんだんと加熱されて沸騰状態になり、その過程で米のでんぷん質が変性して(アルファ化して)甘いにおいが生まれます。蒸気口からそのにおいは漏れ出て、炊ける前からキッチンは米のいい香りで満たされることになります〉
「2 においを食べる」
ピーッ。炊けた。続いてみそ汁である。だしは本書に書かれている「水出し」の方法で取ってある。小鍋に入れて、豆腐を切ってそっと入れる。みそを溶き入れる……どのくらい? スプーンですくって少しずつ入れる。何度も味見をして、まあこんなところだろう、というところで止める。だしの香りが立ち込めている。
〈食べ物は、その風味(主ににおい)を媒介して何かを映す「映像」である。そのようにいうことはできないでしょうか。たとえば、こんぶやにぼしを抽出しただしは、その風味に媒介されて、それが元あった海を映す。つまり、海の映像=イメージである。〉
「3 風味イメージ」
著者の三浦哲哉は映画評論家である。なるほど、単なる「レシピを書いた本」ではなく、映画のように「自炊」が展開していく。みそ汁のあと、基礎調味料の選び方から、煮る蒸す焼く揚げる、片付けの動線といった、本当に基本的な(しかし自炊初心者にとっては未知の)自炊の方法が書かれている。その行為ひとつだけで読者のイメージが広がっていくように「自炊」が描かれており、日々の中に新しいストーリーが生まれるようだ。私は、今日は何を試そうかとページをめくっている。「自炊者になるための26週」はまだ始まったばかりだ。
文=高松霞