ミュージシャン・文筆家の猫沢エミが、破天荒な家族と過ごした子供時代の思い出を吐露。めちゃくちゃだった親を“笑ってゆるす”姿に心が浄化された
PR 公開日:2023/12/24
『ねこしき』(TAC出版)が版を重ねた、ミュージシャンであり文筆家の猫沢エミさんが、地元の福島県白河市で過ごした家族との思い出を、最新刊『猫沢家の一族』(集英社)の中で語っている。
カバーには、写真スタジオで撮影されたとおぼしき正装の家族写真がドドンと大胆に掲載されている。この写真を見た人は、“これが猫沢家の一族か~。…んんっ?”とお父さんの頭部を二度見するに違いない。“これはもしかして………ヅラ?”。
そう、このヅラこそが本書のキーワードなのだと、猫沢さん本人も本書についてのインタビューで語っていた。『ねこしき』などの著書では、感度が高く愛情が溢れていて時に切ない、飼いネコのことや素敵な友人関係、物語性に満ちたレシピ、そんなものたちに囲まれたパリ生活を披露している猫沢さん。どんな家庭で生まれ育ったのか気になっているファンは多いと思うが、これが、予想の斜め上をいく奇天烈なご家族なのである。
●家族の思い出を綴った本書のキーワードは“ヅラ”!?
さきほど触れたヅラのお話は本書にいくつも記されているが、その中でも猫沢家を象徴するようなエピソードを1つご紹介したい。
第4章「星の王子さまとハゲの王子さま」では、猫沢さんが小学校低学年の頃、父親がヅラであることを知った時のエピソードが綴られている。田舎の小さな町で最新式のヅラを試している人がまだ少ない中、呉服屋を営んでいた父は財力に物を言わせ、1つ50万円ほどしたヅラを、スペアを合わせて合計4つも手に入れていたという。彼のヅラについて猫沢さんの母親は「お父さんはカツラなの。若い時から絶倫だったから、仕方ないのよね」と言ったそうな。
お父様は、趣味のゴルフに行けば、仲間の前でヅラを外してシャワーを浴びるなど、ヅラであることをコンプレックスに感じているそぶりはなかったそうだ。しかしある時、酔っ払って帰ってくるなり玄関に突っ伏して「本当はカツラなんか大っ嫌いなんだあ!」と叫び、空き地にあるゴミを燃やす土管の中にヅラを投げ入れ、ライターを取り出したという。当然「それ、いくらすると思ってるのよ!」と彼を止めようとする母親とヅラを引っ張り合う“ヅラ引き大会”が始まり、疲れ果てた2人は土管の前で倒れたまま朝を迎えた…という、笑っちゃいけないけど笑わずにはいられないエピソードが語られている。
ところで、この章のタイトルは、お父様が『星の王子さま』の作者であるフランスの作家サン=テグジュペリに似ていることから付けられている。確かにそっくりだし、お父様とサン=テグジュペリとの意外な共通点についても本書で読むことができる。ちなみに、カバーのお父様の髪がヅラだったのかどうかは、本書を読んでから自分なりに想像してみてほしい。
父親は虚栄心の塊であり、それを支える母親もユニークな人であったという猫沢家。他にも、祖父の悪意なきミスにより家のお風呂が何度も爆発したエピソードなど、奇想天外な家族のストーリーはまだまだ続く。
しかし、かつては呉服屋を営む裕福な家柄だったという実家も、しだいに商売が立ちゆかなくなり、没落貴族となってしまったそうだ。父親と母親は立て続けに亡くなったが、母親が亡くなる前には虚言癖や借金がザクザクと出てきて、猫沢さんと弟さん2人がすべての後始末を請け負い、借金の肩代わりまでしたそうだ。今、猫沢さんは一族の歴史を清算するつもりで、フランス・パリの地でようやく“自分の人生”を歩んでいる。
●破天荒で規格外の一族を“笑ってゆるした”
ギャグを織り交ぜながら愉快・軽快に綴られた猫沢節に、ページをめくる手が止まらない本書だが、読んだ後はズンと心に残るものがある。そこに残ったものとは、読み手が自分自身の家族に向ける気持ちなのかもしれない。
家族の存在は、自分が年を重ねれば重ねるほど複雑で重くなる。親の気持ちがわかるようになる…ということも含め。完璧な家族なんていないのだから、不満だっていろいろとあるだろう。けれど、その不満を膨らませて彼らを恨み続けるのか、すっぱりと自分の人生と切り離すかどうかで、その後の人生は大きく変わるのではないだろうか。猫沢さんの場合は、型破りで規格外の家族を“笑ってゆるした”。そこからは、これだけの苦難を味わっても尚立ちあがろうとする、想像を絶するような強さが伝わってきた。
もしかしたら読み手側も、猫沢さんのように家族へのわだかまりを断ち切ろうとすることで、今まで目の前にかかっていた家族に対するモヤモヤがしだいに取り払われ、そこに隠れていた素敵な景色が見えてくるかもしれない。筆者は猫沢家の一族に笑わせてもらったことで、親に対するモヤモヤを浄化するための手立てが見つかったような気がしている。周りをどんどん巻き込んでいくような底知れぬパワーが、本書には感じられるのだ。
そういえば、猫沢さんのSNSには、親の祟り(?)を鎮めるためのお祓いをしてもらったことが綴られている。猫沢家の一族がもたらす災いが、彼らがこの世を去ってからも続いていることに「猫沢さんの一族らしい」と納得しつつ、今の素敵な家族に囲まれた猫沢さんはとても幸せそうだ。
猫沢さんの父親は自分のヅラをギャグにして茶化していたそうだが、猫沢さん自身もまた、家族に対して抱く深い悲しみをどこかへ追いやり、本書で明るく笑い飛ばしている。
文=吉田あき