2024年1月からテレビアニメ化『ゆびさきと恋々』。耳が聴こえない女子大生とトリリンガル男子のピュアすぎる恋

マンガ

更新日:2024/2/1

ゆびさきと恋々
ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)

「学生のとき、好きな人に会いたくて、働いている姿が見たくて、その人が働く飲食店に通っていた」…そんな片想いエピソードを持っている女子は結構いるのではないだろうか。『ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)は、まだあこがれなのか恋なのか分からないような、あいまいな恋の始まりを思い出させてくれる少女マンガだ。

『ゆびさきと恋々(れんれん)』は、講談社デザートで連載中の少女マンガ。2024年1月からTVアニメが放送開始予定で、作者・森下suu氏の初の映像化作品である。森下suu氏は、マキロ先生が原作を、なちやん先生が作画をそれぞれ担当し、二人でマンガを制作しているユニット作家だ。

 女子大生の雪は、かわいいものとおしゃれが好きな女の子。ある日電車で外国人に話しかけられ困っているところを、同じ大学の先輩・逸臣(いつおみ)に助けてもらう。逸臣は雪の友達のりんと同じ国際サークルに所属していて、海外を飛び回るバックパッカー。耳が聴こえない雪に動じることなく自然に接してくれる逸臣に、次第に雪も惹かれていく――。

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 聴覚に障がいのある女の子・雪と、世界を広く旅する年上の男の子・逸臣(いつおみ)が織りなすピュアラブストーリーだが、雪は耳が聴こえないこと以外はごく一般的な大学生と変わらない。友達とのコミュニケーションは口の動きを読めばある程度の会話ができるし、スマートフォンもある。ただ、1対1の意思疎通はできても、相手の顔を見なければ話しかけられていると気づくことは難しい。「ごめんね、この子、耳が聴こえないの。無視しているわけじゃないんだ」と横で友達が説明していても、雪は気づけない。

 雪に対して、逸臣は特別扱いせず隔たりなく接してくれる。包み込むように、雪の全てを受け入れるように。知りたい気持ちを隠さず、誰かに接するときとも変わらない逸臣に、雪は何度も救われる。

 障がいがあることは、恥ずべきことでも、隠すべきことでも、触れてはいけないことでもないのに、周りの人が妙に敬遠して腫れもののように扱うことは、現実世界の私たちの日常生活でも起こっていることだろう。健常者にとってはどう接するのが正解なのか分からないことも多いし、障がい者が言われたくなかったことだと気づけないこともある。

 逸臣は雪に対して過剰に気遣いをするわけではない。ただ雪が雪らしくあること、雪の存在自体を丸ごと肯定してくれている。雪がこれまで出会った人と逸臣は違うと思える理由がそこにある。

 雪は逸臣が見てきた海外の世界、逸臣は、雪が生まれてから感じている音のない世界。二人はそれぞれの生き方や価値観につながる世界を知り、教え合っていくことで相手のことも知っていく。

 海外にリュックひとつで飛び込んでいけるトリリンガルの逸臣に、雪があこがれと興味を持ったのと同じように、雪との出会いは逸臣にとっても大きな出来事だったことがうかがえるシーンがある。それが、夜のコインランドリーで、雪を前に逸臣がひとりごとのように話すシーンだ。

“雪に初めて会った時 手話してんの見て
今までの自分の世界がひっくり返ったような気がした”

“遠くにばっか目を向けてたけど こんな近くにもいたんだなって”

 このあと、逸臣は雪にこう囁く。

“du bist süß”

 ドイツ語で「キミはかわいい」という意味だそう。手話の「かわいい」を教えてもらった逸臣が、ドイツ語で雪に「かわいい」を返す。お互いが生きてきた世界を交換し合うようなやりとり。逸臣がどういう意図で「かわいい」と話したのかは分からないけれど、聴こえていない雪に、逸臣が言ったことを教えてあげたくなる。

 私たちは誰もがさまざまなバックグラウンドや価値観、考え方を持って生きていて、それらが私たちの個性をかたち作っている。みんなが違う人生を歩んでいるからこそ、人と出会うたびに新しい世界を知ることができる。雪と逸臣は、自分が知らない世界を知る相手にあこがれを持ち、それが恋に変わっていく。そのひとつずつの過程や気持ちの描写が、柔らかなタッチで丁寧に描かれているのがこのマンガの魅力だ。

 作中では、雪が話す全てが手話で表現されているわけではない。セリフのトーンによって、口の動きで伝えているシーンなのか、スマートフォンの画面で伝えているシーンなのかが理解できるようになっている。文字があるマンガだからこそ、音のない世界が表現できている。

 アニメ版では、声を発しない雪の感情やセリフがどう表現されるのかが気になるところ。日本語字幕に対応しているので、聴覚に障がいがある方でもアニメを楽しむことができそうだ。雪と逸臣の関係はもちろん、ふたりを見守るキャラクターが今後どう動くのか。展開が気になる方は、ぜひマンガをチェックしてみてほしい。

文=鈴木麻理奈