よしながふみ「ようやくラブを描いていると実感できた」『きのう何食べた?』の経年変化が物語に与えたもの【インタビュー】

マンガ

更新日:2024/1/17

きのう何食べた?

 2023年10月23日に最新刊となる第22巻が発売された『きのう何食べた?』(講談社)。実写ドラマseason2も、テレビ東京で2023年10月から12月まで放送。弁護士の筧史朗(シロさん)と、その恋人の矢吹賢二(ケンジ)の暮らしと食事、そして彼らの周囲で巻き起こる出来事が大きな反響を呼んだ。

 本記事では、漫画家のよしながふみさんにインタビューを実施。『きのう何食べた?』連載開始から17年目を迎え、改めて連載当初から現在までをたっぷりと振り返っていただいた。「ラブを描くのが大変」だと感じていたよしながさんが連載を続けるなかで辿り着いた境地とは。

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“大好き”を全部詰め込んだ『きのう何食べた?』

――2007年12月号から連載がスタートし、今年で16周年を迎える『きのう何食べた?』(以下、『何食べ』)ですが、改めて、連載当初の頃のお話を伺わせてください。

よしながふみさん(以下、よしなが):『大奥』(白泉社)は時代劇だし、すごくドラマチックな出来事が起こるし、人も死ぬし……と、とにかく慣れないことを全部やる連載だったので、もう1本やるならそっちは好きなものを描こうと。

 それで、自分が大好きな「中年・食べ物・弁護士」を全部入れようと思ったんです。弁護士に関しては、2時間サスペンスがすごく好きだったのと、BLではお仕事設定が重要だということもあって、弁護士ものを描いてみたかったんですよね。しかも、殺人事件とかを解決せず、単に働いている場所が法律事務所だという話が描いてみたくて。

――おじさん同士・食べ物で言うと、『西洋骨董洋菓子店』(新書館)もそうですよね。

よしなが:実は、最初は橘を40代にしようと考えていたんですけど、担当編集さんに「ケーキ屋さんは店舗面積が小さくて良いので、30代で独立するのは珍しくないですよ」と説得されて。私の中では、弟子のエイジとは擬似親子みたいな関係性ということもあって、40代が良かったんですが、結局32歳になったんです。そういった出来事もあり、橘でやりきれなかった、真のおじさんを描きたいなって思っていました。

――『モーニング』さんに掲載することになった経緯を教えてください。

よしなが:掲載するならBL誌かなと考えていたんですが、40代という設定があまり歓迎されなくて。「受け」が30代になりませんか? と相談されたんですが、親に対する不安等を描きたかったので、40代にしたかったんですよね。

 ただ、目の前の編集者さんが喜ばない漫画を描くのは難しいので、どうしようと悩んでいたら、『モーニング』の担当編集さんが1秒で「いいですね! やりましょう」と言ってくださって。でもさすがに編集長の許可が下りないのではないかと聞いたら、「許可が下りたら描きますか?」って2度くらい確認されて。「じゃあ下りたら……」と答えたら、翌日電話がかかってきて、「許可が下りました」と。

 また、あらかじめ、『フラワー・オブ・ライフ』の連載中なので、1年半くらいは描けないとは伝えていたんですね。それも「待ちます」と言ってくださって、体力のある雑誌の懐の深さを感じました。また、当時では珍しかった、週刊誌で月1回連載というのもありがたかったです。

 結果的に『モーニング』で描かせていただいてよかったですね。読者の方にはシロさんたちと実年齢が近い方も多く、親御さんとのエピソードなど共感いただけているなと。また、『島耕作』シリーズや『クッキングパパ』といった経年変化の物語の先輩がいる安心感もあります。島耕作は弘兼(憲史)先生と共に年を重ねていますし、『クッキングパパ』も子供たちが成長していきますし。

 ちなみに、扱う料理の内容は『クッキングパパ』となるべく被らないようにしています。『クッキングパパ』はちょっとワクワクするような面白い調理法や食材を扱っているので、『何食べ』は家庭で簡単に作れる料理にしようと。

――確かに、参考になるレシピばかりです。

よしなが:最初の頃は料理のネタが尽きた時は終わる時じゃないかなと思っていたんですが、意外に尽きないんですよね。調べるとレシピは無限にある。インターネットは功罪あるけど、少なくとも料理に関してはみんなの叡智が集まっていてありがたいなと。

――惣菜系だけでなく、ジャムやクレープといったスイーツも簡単に作れるものが多いですよね。

よしなが:実は、第1巻はジャムが一番反響があったんです。「作りました!」という葉書も多くいただいて。料理に慣れている人は、ジャムは苺と砂糖を煮るだけだと分かっているけど、日頃料理しない方は「それだけでできるの?」と驚いたみたいで。私も担当さんも料理をする人間なので、反響が大きいことが意外でした。

 それから、普段料理しない方はスイーツを作る方がチャレンジしやすいんだなと気づいて、1巻に必ず1回はスイーツを作る回を入れることにしました。また、副菜もネギを茹でるだけなど、なるべくワンステップでできるものを紹介しようと。そうすれば、日常的に料理しない方や若い方も参考にしやすいかなと思って。最初は完全に主婦向けのつもりで描いていたんですが、いろんな方が読むんだから、間口が広い方がいいよねと。そのきっかけになったのがジャムでした。

きのう何食べた?

きのう何食べた?

きのう何食べた?

――タイトルやキャラクターの名前はどのように決めたんですか?

よしなが:いつも話を先に考えるんですけど、タイトルや名前を考えるのは得意じゃないんですよね。

 タイトルは本当に全然考えてなくて……最初の修先生の一言と一緒にしようって話は担当編集さんとしました。候補として「あした何食べる?」と「きのう何食べた?」の2つが挙がったんですが、担当編集さんも私も、「きのうでしょ」で満場一致。「あした何食べる?」は前向きすぎるし、食べ盛りの高校生みたいだねって。「きのう何食べた?」は、ちょっと振り返る感じ、切ないような寂しいような中年の人生の往路を感じるから、こっちだねと。

 シロさんの苗字は、当時好きだった俳優の筧利夫さんから、下の名前は知り合いの方からお借りしました。ケンジは結構いい加減で……(笑)。だって、長男に賢二とは、普通つけないですよね。父親の名前は賢一だし。でも、あの家は雑そうだからこれでいいかって。苗字は講談社で連載するので、敬意を込めて『あしたのジョー』(講談社)の主人公・矢吹丈からつけました。

きのう何食べた?

「静の俳優」と「動の俳優」が創り出す、ドラマ『何食べ』の世界

――ドラマのseason1が決まった時、「メシもの」としてのバランス、ごはんとお話の部分が半分ずつという作品のバランスだけは変えないでほしいと希望を出したとのことですが、season2の際は何かお願い事はされましたか?

よしなが:改めて何かお願いすることはありませんでしたが、season2は、より人間ドラマになったなと感じました。食べ物は相変わらず美味しそうですけど、どちらかというと「友人の葬式に参列したら、子供が大きくなっていてびっくりした」みたいな身につまされるエピソードが多いですよね。老眼になったとか。

 あとは、ラブがさらに増幅したなと。台本をいただいた際は、淡々と作って食べる流れだなという印象だったんですが、俳優の方が演じて完成したものを見るとびっくりするほどラブストーリーで(笑)。

 season1の時、脚本家の方や監督、プロデューサーの方も皆さんが「メシもの」のつもりでいたので、アドリブシーンでも、ハグやキスなど直接的なものはやらないとおっしゃっていたんですね。すると内野聖陽さん(ケンジ役)が「触らなきゃいいんですね」と。いざ出来上がったものを見ると、「なるほど。触ってはいないが、ものすごいラブだ……!」って。俳優さんの力に感嘆しました。それがseason2でより濃くなったなと。また、season1、お正月スペシャル、そして映画のすぐ続きではなく、映画とseason2の間も月日は流れていて、2人が暮らしていく中で段々と仲が深まっていく、そのグラデーションを踏まえて演じられていたのも、素晴らしいなと感じました。

――season2で特に印象に残っている回を教えていただきたいです。

よしなが:シロさんの元カレ・ノブさんが登場する、第5話ですね。「及川光博さんが出る! やったー! 元カレ役だ!」って単純なミーハー心で見たら、最後泣いてしまって。単に「ノブさん酷いな、ははっ(笑)」「猫かわいいなぁ」ぐらいの気持ちで見ようと思っていたので、こんなに感動するとは思いませんでした。

 特にケンジが勝手に使ってしまった玉ねぎを買いに行ったあとの西島秀俊さん(シロさん役)の演技が素晴らしくて。もちろん台本には「泣く」って書いてあるし、実は漫画でもすごく漫画的表現でちょびっと泣いているんですよ。でもそのくらいで。元カレは片付けもしないし、夕食に使う予定だった食材を勝手に使うし、それについて謝りもしない。そんなことを思い出しながら部屋を見渡すと、洗濯物が畳まれていて、ケンジは玉ねぎを買いに行ってくれている。思わず涙が流れたことに自分でもびっくりして、すごく困ったように笑って、心の中で「そっか……俺、今、幸せなんだ」って呟くんですよね。

きのう何食べた?

きのう何食べた?

 そのあと「ケンジはタイプじゃないんだけどなぁ」って言うんですけど、このセリフが出てくるのは2回目で。1回目の「ほんと、ケンジはタイプじゃないんだけどな」は、スンッと冷めた感じの言い方なんですが、2回目ではその後に「(タイプじゃないんだけど、)大好きなんだよな」というシロさんの声なき声が聞こえるんですよね。西島さんの言語外の演技が本当に素敵だなと思いました。

 西島さんは映画俳優さんなので、”佇まい”の方なんですよね。セリフのない演技がすごい。一方、内野さんは舞台俳優さんなので、”動き”の方。話したり動いたりするときがかわいいんです。その対比が素晴らしいですし、2人の相性もいいなと感じます。内野さんは結構アドリブで、恋人同士だということを連想させるセリフを言うんですが、西島さんはそれを圧倒的な清潔感でバーンとぶった斬ってくるんです。そのバランスがいいなと思っています。