“散歩“はちょっとつまんないところが、逆に面白い!? 佐久間薫×スマ見が語り合う、散歩の面白さ
更新日:2024/1/12
『カバーいらないですよね』『ねこ書店』『そこらへんのおじさん物語』など、読者をほんわかさせる独特の世界観によって、人気を集めているマンガ家・佐久間薫さん。発売されたばかりの待望の新刊『お家、見せてもらっていいですか?』(KADOKAWA)でも、唯一無二の佐久間ワールドが繰り広げられる。
本作の主人公は散歩好きな小学生、家村道生くん。特に「家」が好きな道生くんは、自由研究のために気になったお家に突撃し、住人と交渉し、なかを見せてもらうことに。大きな日本家屋、蔦だらけの家、ゴミ屋敷、増築しすぎのシェアハウス……。個性的なお家に個性的な住人たちが登場し、道生くんの世界は少しずつ広がっていく。
そんな『お家、見せてもらっていいですか?』刊行を記念して、同じく「散歩」をテーマにした『散歩する女の子』(講談社)を手掛けているスマ見さんをゲストに、特別対談を実施! 散歩の魅力とは何か、好きなことを追求する難しさ、日常生活を豊かにするヒントなど、さまざまなテーマでざっくばらんに語り合っていただいた。
■「ちょっとつまらないところ」が散歩の魅力
――佐久間さんから見て、スマ見さんの『散歩する女の子』はどんな作品でしたか?
佐久間:「あらゆるものに命(アニマ)を与える装置」を使って歩き回るとか、街中で見つけた文字でしりとりをするとか、とにかく一つひとつのエピソードがすごい! しかも、「こうすれば散歩がもっと面白くなるよ」という提案にもなっているので、私もこういうマンガを描きたかった、やられたーという気持ちで読みました。
スマ見:めちゃくちゃうれしいです。ぼくも佐久間さんの『お家、見せてもらっていいですか?』を楽しませてもらいました。お庭の名称や小屋の建て方なども詳しく描かれていて、そういう資料的な面白さもある作品ですよね。同時に、主人公の道生くんがとても素敵で。よそのお家を見せてもらうことが彼の趣味になっていますけど、その姿を描くことで「好きなことに夢中になっても良いんだよ」というメッセージを感じました。それを読んで「わかるわかる」って思いましたし、好きなことに真っ直ぐ生きている道生くんに対して感謝の気持ちも湧いてきたんです。
佐久間:読み込んでくださって、ありがとうございます。実は私、すごく周囲の目を気にするし、何かに熱中して突き進むタイプではないんです。だからそんな自分から見た「憧れの人」として道生くんを描きました。
スマ見:そうなんですか! ぼくも他人の目を気にしてしまうので、佐久間さんのお気持ちがわかります。マンガを描いていると、「好きなことをしていて良いですね」なんて言われたりするんですが、最初は「とにかくウケたい!」という一心で描き始めたんです。もちろん「好き」という気持ちもあるんですけど、みんなに面白がられたいという思いが強くて、だから時々、そんな自分を邪なやつなんじゃないかと思ったりもして。それもあって、どこまでも真っ直ぐな道生くんに好感を持ったのかもしれません。
佐久間:『散歩する女の子』に出てくる〈にほ〉ちゃんも〈まよい〉ちゃんも、周りを気にしないで散歩を思い切り楽しんでいるから、スマ見さんもそういうタイプなんだと思っていました。意外と私たち似ていますね(笑)。
――そんなお二人の共通点が「散歩好き」であることですよね。ここであらためて、「散歩」の魅力とは何かを教えてください。
スマ見:散歩の魅力っていろいろあるんですけど、一番は「ちょっとつまらないところ」だと思っているんです。どういうことかというと、ただ歩いているだけだと景色が流れていくだけでつまらないんだけど、だからこそ、「何かないかな?」と面白いことを能動的に探すスイッチが入るんですよ。受動的なだけだと見つからない面白さがあって、それを探すのが楽しい。
佐久間:同じことを考えていました! たとえば、ただ通り過ぎるだけだと何の変哲もない住宅街が、しっかり目を凝らしてみると意外と面白かったりするんですよね。自作の郵便受けを立てている家があったり、顔に見える木が生えていたり、そういうのを見つけるのがすごく楽しいんです。
スマ見:そうそう。だから散歩をするときは、スマホも財布も持たないときもあります。すると散歩自体が純粋な目的になって、ちょっとした非日常的な体験ができる。
佐久間:なるほど。私、ついついスマホは持っていっちゃいますね。面白いものを見つけたら写真を撮りたくなってしまって。
スマ見:わかりますよ。でもそこを敢えて、スマホさえ持っていかないんです(笑)。
――スマ見さんは道生くんのように、散歩中によそのお家が気になることはありますか?
スマ見:ありますねぇ。ここには一体どんな人が住んでるんだろう……と思ったりしますよ。それこそ『お家、見せてもらっていいですか?』にも出てきたような蔦だらけの家とか、あとは三角形の土地に建っている家とか、そういうのと出くわすとめちゃくちゃ気になってしまいます。きっと多かれ少なかれ、誰にだってそういう気持ちはあると思うんです。佐久間さんはそれを作品にされているので素晴らしいですよね。
佐久間:ありがとうございます。
■日常生活に、ちょっとした遊び心を
スマ見:ぼく、「自作の山小屋」がすごく印象に残ったんです。土地代を合わせても100万足らずで建てられるから、月額10万円の賃貸に住んでいる人なら、1年で自分の家が持てるって描かれていて、いや、うまいこと言うなぁ、と。めちゃくちゃやってみたいです。
佐久間:そのエピソードは、実際に山小屋にお住まいで著書もある高村友也さんに取材をさせてもらって描いたんです。たくさんアドバイスをくださったので、本作のなかでも非常に解像度の高いエピソードになりましたね。私もスマ見さんと同じように、いつか山小屋を持ってみたいなと思いましたよ。憧れます~。
――それ以外のエピソードに出てくるお家も、実際に見たことのあるものが参考になっているんですか?
佐久間:過去に見かけたことがある建物がベースになっていますね。ただ、そのお家の住人と道生くんとの人間ドラマも展開させたかったので、こういうキャラクターが住んでいるとしたらどんなお家だろう……と想像を膨らませながら作り込んでいったものもあります。
スマ見:そうそう。ただお家を見せてもらうだけじゃなくて、そこに住んでいる人たちの人間らしさを感じられるところも好きです。それと最後、道生くんが自由研究を発表することになって、そこに、それまで出会ってきたお家の住人たちが集まってくれて……、本当に素敵な終わり方をします。この構成は最初から決めていたんですか?
佐久間:そもそも『お家、見せてもらっていいですか?』は、担当編集者さんとの雑談から生まれた作品なんです。私の趣味が「散歩しながらの建物観察」であることや、「家、ついて行ってイイですか?」「ドキュメント72時間」といったテレビ番組が好きなこと、『その島のひとたちは、ひとの話をきかない―精神科医、「自殺希少地域」を行く―』という本のことなどを話題に出したときに、「お家を見せてもらう少年の話」というアイデアが生まれて。そこにさらに、「地域の人たちが緩やかにつながるさま」も入れてみたいな、と思ったんです。
人とがっつりコミュニケーションを取るのは疲れることもあるけど、孤独は孤独でさみしい。だから緩やかにつながれる社会は理想だな、と。ちょっとした挨拶をするだけでもハッピーな気持ちになるし、顔見知りになっていれば困ったときに助け合うこともできるかもしれない。なので、それぞれのエピソードで出てきた住人たちがつながるシーンを描こうとは決めていました。
ただ、こういうスタイルのマンガを描くのは初めてだったので、かなり難しくて。時間もかかってしまったんですけど、でもスマ見さんに「素敵」と言っていただけて、なんとか成功したのかなぁとうれしく思っています。
――あのラストシーンを読めば、誰もがほっこりした気持ちになると思います。それでは最後に、なんとなく「毎日つまんないな……」と感じている人に向けて、日常生活をちょっとだけ豊かにするようなメッセージをいただけますか?
佐久間:それこそ「散歩」はオススメです。お金もかからないし、肉体的にも精神的にもいいですし。私もメンタル的に不調なとき、ちょっと外に出るようにしているんです。近所でもいつもと違う道を入ってみたり、普段は利用しないコンビニを覗いてみたりするだけで新鮮で、気分転換になります。
スマ見:能動的に面白いことを見つけられるのが散歩の魅力だとお話ししましたけど、別にそれができなくても良いと思います。面白いことを探そうと意気込まなくたって、ただぶらぶら散歩するだけでも良い。それと、もしも「毎日つまらない」と思っている人がいたとしたら、「いや、みんなそれぞれに面白いですよ」と伝えたいですね。だからあんまり気負わずに、好きなことをしたら良いんじゃないかなって思います。
――その際、お二人みたいにちょっとした「遊び心」を持てると、もっともっと楽しい瞬間が増えそうですね。
佐久間:今度、私も透明の下敷き買いに行きます(笑)。
取材・文=イガラシダイ