妻の不倫疑惑から始まった「タイムループ」の物語。女子高生に翻弄されながら、日本を守るため2014年を繰り返すサスペンスマンガ『新しいきみへ』
PR 更新日:2024/5/31
「明日世界が終わるとしたら、あなたは何をしますか?」人生で一度はこの問いについて考えたことがあるのではないだろうか。愛する人と共にすごす人もいれば、好きな物を食べ納める人もいるだろう。どんな回答をしたとしても、その根底には「後悔したくない」という感情がある。
三都慎司が描くマンガ『新しいきみへ』(集英社)は、そんな「明日終わる世界」を救うための物語だ。主人公・佐久間悟(さくまさとる)はパンデミックで終わる2014年に何度も戻ってきていた。タイムループし続ける運命を恨みながら、毎日学校に行って家に帰る明日を取り戻すためにあがき続けている。『新しいきみへ』は、自分を不幸だと感じて人生に絶望している人にこそ読んでもらいたい。
81回目のタイムループの物語は、妻の不倫疑惑からはじまった。妻が男に支えられながらホテルへ入る姿を目撃してしまった佐久間は、現実から逃げ出すために旅行に出かける。仙台・京都・大阪・高知・鹿児島の順に日本を巡り、誰も自分を知らないことに安堵していた。そして、小田原で出会った少女・相生亜希(あいおいあき)の登場により、この物語は加速していく。
高校1年生の亜希は、世界を終わらせる新型感染症「エフ」により日本が壊滅するたび、何度も2014年1月9日を迎えてきた。それがどれだけ辛く苦しいことなのか、想像するだけで胸が痛む。もし自分が同じ立場なら、何回死んでも振り出しに戻る地獄に気が狂ってしまうだろう。それでも彼女が未来のために走り続けたのは、出会った人々が次の2014年を迎える「新しい」亜希を信じて未来を託したバトンがあるからだ。
亜希が苦しいとき、いつも手を差し伸べてくれた悟。亜希は何度も新しく出会ってきた悟と協力して、「新しいきみへ」プロジェクトを実行してきた。それは、2014年に毎回違う行動をとることで、得た情報を新しい亜希がすべて引き継いでいくプロジェクトだ。最終的に得た膨大な情報から「エフ」をばら撒く犯人の行動を絞り込み、これまでの「無数の失敗の足あと」をたどってパンデミックを止める正解に近づいてきた。
そんな悟は、過去に大きな傷跡を抱えている。野良猫を殺した犯人だと決めつけられ、壮絶ないじめを受けた高校時代。もうひとりのいじめ対象・濱名と共に、加害者たちのおもちゃにされてきた。もちろん、周りの人間は見て見ぬふりで誰も手を差し伸べてくれない。そんな状況なら、世界を呪っても仕方ないと思う。ありもしない作り話として語り合った思い出にすがり、苦しみながら死んでいく人を見て腹を抱えて笑うかもしれない。しかし、悟はそんな過去を背負っていても世界の滅亡を阻止するために亜希を信じて何度も人生を犠牲にし続けてきた。いじめられていた頃は周囲の人々に見捨てられていたにもかかわらず、目の前のことをどうにかするために行動できる悟の優しさと勇気に憧れずにはいられない。
『新しいきみへ』の最大の魅力は、信頼のバトンである。亜希は81回目のタイムループで、「エフ」をばら撒く犯人との接触に成功した。しかし、「エフ」に感染したことで世界の壊滅ルートは避けられなくなる。この2014年は「失敗」だったことを謝る亜希に、悟は不幸な自分に「同情しないで」と伝えた。今回がダメでも、次の「新しいきみへ」すべての希望を託せるのだ。そうして渡されたバトンは、必ず明日につながっていく。死に行く運命に絶望することなく亜希を信じて「つなぐ」悟の言葉は、後悔しない人生を歩むための原動力になってくれる。だからこそ、亜希は絶対に諦めない。悟からもらった希望を胸に抱え、これまで出会った人たちとの思い出と死なせてしまった後悔を背負い、タイムループへ飛び出していく。
これまで生きてきて一度は「自分は不幸だ」と感じたことがあるのではないだろうか。不幸の物差しは人それぞれで、一人ひとりにとっての不幸がある。時には、何度も滅びる世界を81回繰り返すことがあるかもしれない。だが、自分を不幸だと感じて絶望したときはどうか『新しいきみへ』を手に取ってもらいたい。ページをめくるたび、「どれだけ孤独でも、生きていて良かったと思える日がきっと来る」と信じたくなる気持ちがきっと湧いてくるから。
もしも本当に明日世界が終わるとしたら、やり残したことを後悔するだろう。我々が生きるこの世界だって、突然終わりを迎えるかもしれないのだ。だからこそ、周りからハブられようが「この世界で何もせず生き残るより、自分らしく生きたい」と思う。