肺は空気で膨らんでいるからフカフカ? 人気漫画家の人間まおさんにオペ看護師時代の漫画について聞いてみた〈インタビュー〉
PR 公開日:2024/1/13
浮気、不倫、イジメなど、世の中の不条理をひとつひとつ拾い上げたような漫画をブログに公開している漫画家、人間まおさん。彼女が新たに刊行した単行本『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)は、看護師として手術室に勤務していた頃の体験を綴ったコミックエッセイだ。人の命にかかわる壮絶な現場がリアルに表現され、ギャグも満載。この漫画をどのように書き進めたのか。また、漫画を描くときのこだわりについても聞いた。
緊張で倒れないように同期と体をつねり合っていた
——以前も看護師時代の体験をもとにした単行本『オペ看』(講談社)を描かれていましたが、今回はコミックエッセイなので雰囲気がずいぶん違いますね。
人間まおさん(以下、人間まお):『オペ看』では、漫画としての面白さを出すために、実際の現場ではありえないような展開や、まったく違う感情から出たセリフを入れていましたけど、今回は自分の生の声や生の体験をそのまま描きたくて。私の絵なのでポップな雰囲気ですが、より現実に近い話になっています。ほぼ自由に描きたいことを描かせていただけたため、描いていて楽しかったですね。
——手術室の中で行われていることを知る機会があまりないので新鮮でした。今回の作品の前にブログでオペ看時代のお話を公開したことがあるそうですが、その時の反応はどうでしたか?
人間まお:新人の頃、心臓の手術を見学した話をアップしたんですが、すごい反響でした。手術では先生の好きなBGMを流すことが多いんですけど、心臓のオペの先生の場合、先生の声が聞こえないくらい爆音で、時々口ずさむこともあって…。手術室は基本的に低温度だから、寒いし、うるさいし、血生臭いし、先生怖いし。心臓のオペはいちばん苦手でした。
——壮絶ですね。そこに毎日のように立っていたことに驚かされます…。
人間まお:半年くらいで慣れましたけど、新人の頃は見学で立っているだけで貧血になりました。気持ち悪いというより緊張しすぎてフラッとするので、とにかく倒れないように、同期と体をつねり合いながら立っていました。つねるとアドレナリンが出て、ちょっと血圧が上がるんですよ。何度もつねってもらうので、アザができるくらいでした。
——人間の体を開いたときの内臓がきれいだっていうことも、この漫画で知りました。どの内臓もペカペカにきれいに描かれていて。
人間まお:肝臓がいちばん感動しました。レバ刺しをもっときれいにして、ペカっとした感じで、色ムラもなくて。肺がんの手術では肺を切り取るんですけど、肺って空気で膨らんでるからフカフカなんです。これが人間から作られたものなんだと思うと感動します。
——もはや想像を絶する現場ですが、漫画にはギャグもふんだんに入っているし、いわゆる医療モノっていうかたさがないというか…。
人間まお:たぶんグロいの苦手な人もいるだろうし、重くなりすぎず、サラッと読めるように意識しました。私自身、医療系の漫画って元気な時しか読めないんですよ。オペ看だったのは10年も前のことですけど、いまだにガーゼがなくて焦っている自分の夢を見たりしますから。
——10年前の出来事が!? それだけ失敗できないのが手術室なんでしょうね。
人間まお:そうですね。私自身、そこまで大きな失敗はなかったですけど、手術中に心停止したときは怖かったです。ただ、病棟とは違って、手術室には常に先生が揃っているから、声をかけたら手術に加わってくださるんです。マンパワーがあるっていう意味では安心でした。
——その頃のネタやスケッチを書き留めるようなことはあったんですか?
人間まお:スケッチはないですけど、しんどい時に日記は書いてました。あとあと読んだときに懐かしく思えるといいなと思って。今回漫画を構成するときにも読み返しました。あの頃は毎日、次の日の手術の手順や機械の数をほぼ丸暗記しなきゃいけなかったんですよ。前日に勉強して、帰った後もまた勉強して。睡眠時間は4時間くらいだったかな。遅刻しちゃいけないから、熟睡しないように寮の床で寝てました。
——逆に寝不足で倒れませんでしたか…。
人間まお:意外と大丈夫でしたね。でも低血糖にならないように、朝ごはんを食べるようになりました。朝ごはんをしっかり食べて、オペ前にコーラを飲んで(笑)。
——炭酸で頭がパキッと(笑)。そこまで大変な職場を4年間も続けられたモチベーションは何だったのでしょう。
人間まお:わからないのが嫌だったんですよ。ひとつひとつ人に聞いて迷惑をかけちゃうのも嫌だった。だから、わからないことがなくなるまで、最低でも3年間は続けたいっていう気持ちがありました。同期の存在も大きくて、励まし合いながら何とか乗り越えました。
——この漫画でオペ看という仕事が広く知れわたりそうですね。
人間まお:手術には本当にいろんな人が関わっているんですよ。だからこそ救える命があるということを、知っておいてもらえるといいなと思います。
怒りやモヤモヤとした感情を漫画で表現したくなる
——ブログにさまざまなテーマの漫画を公開されていますが、どの作品にも人間まおさんらしさが感じられて。漫画を描くときに何を大切にされていますか?
人間まお:ブログでは読者からエピソードを募集して描いている作品もありますけど、セリフにはできるだけ自分が感じた気持ちを出すようにしてますね。それと、腑に落ちるようなスカッとした終わらせ方を意識しています。
——悪いやつが出てきて最後にスカッとするのってネット漫画の主流ですが、人間まおさんの場合、絵に描いたような大逆転というより、現実にもありそうなモヤモヤ感を残して、読んだ後に考えさせられるような終わり方になるのが特徴かなと。
人間まお:そうですね。作品によっては悪い相手のことをすごく悪く描くんですけど、その人にも悪いなりの理由があると思うので、相手側の気持ちまで書くようにはしています。読者のコメントを読んで展開を変えることもあります。たとえば『何考えてるの、山田さん!』は、会社で上司に同調しちゃう主人公が最後は言いたいことを言えるようになる話なんですけど、途中で「上司にあわせてばかりであり得ない」みたいなコメントが増えちゃって。主人公の性格が残念すぎると読者が離れていくので…。ただ、主人公とはいえ、完璧な人っていないじゃないですか。
——そうですよね。人間誰しも良さとダメさを持ち合わせているというか。
人間まお:そう。主人公だってちょっと曲がったところがあってもいいと思うんですよ。だから、そのリアルな部分もちゃんと描きたいんですけど、読んでもらうことも大事なので、ほどほどに…。
——オチは最初から決まっているんですか?
人間まお:なんとなく話の方向性は決まってますけど、途中で変わることも多いので、オチは最後まで決めないで、公開する前日に描いて早々と公開しちゃいます。30日分を一気に描くようなブロガーさんもいますけど、私は何日も手元に置いておくと話を変えたくなっちゃうので。普段からインプットのために映画やNetflixを見たり、本とかを読むんですけど、インプットするたびに簡単に引っ張られちゃうので、ブレブレなんです。ちょろいんですよ(笑)。
——なるほど(笑)。毎日更新となるとインプットも必要でしょうね。
人間まお:看護師の頃は患者さんと接しているうちに感情が動いて、嬉しいこともあれば、イライラすることもありましたけど、2022年に看護師を辞めてからは人と接することが減って、感情やイメージが湧きづらくなったんです。ひとりでボーッと過ごしているだけではありきたりなものしか浮かばなくなるから、無理やりにでもインプットをして、そこで感じたことを漫画に起こすようにしています。
——最近影響を受けた作品はありますか?
人間まお:最近だと、東野圭吾さんの「さまよう刃」っていうWOWOWの連続ドラマ。主人公の男性が、娘をレイプで殺した男たちに報復するという救いのない話なんですけど、“俺たちには少年法があるから”ってヘラヘラしている犯人への怒りが止まらなくて。調べたら、未成年の犯罪って再犯率が高いみたいで、少年法って何のためにあるんだろうって考えたらモヤモヤして。そういうことがあると漫画を描きたくなっちゃうんです。
——沸き起こった感情を漫画に落とし込むと。
人間まお:そうですね。怒りやモヤモヤした感情を表現するために漫画を描いているっていうのはあります。私、説明をするのは苦手ですけど漫画では描くことができるので、この仕事に就いて良かったといつも思います。自分も、以前付き合っていた彼氏に浮気され、ネット検索で“浮気されたときの立ち直り方”みたいな体験談やエッセイ漫画に共感して、「私だけじゃないんだな」って救われたんですよ。だから私も、自分の体験を描いたら同じように救われる人がいるかもしれないと思って。
——実際にブログで公開したお話の中に、ご自身の恋愛体験をモデルにしたものもあるんですか?
人間まお:はい。相手の身バレがしない程度にすこし脚色しながら描いたものがありますね。体験談が誰かの救いになるんだと気づいてからは、不倫とかイジメ問題みたいな重たいテーマを描くようになって。読者は30代40代の女性が多いので浮気や不倫は反響がありますし、学生や若い子から「イジメで自殺を考えたけど、この漫画を読んで踏みとどまりました」とコメントをもらったときは本当に良かったと思いましたね。
——人間まおさんの漫画に救われている人は多いと思います。では、看護師を辞めてからのインプットは、もっぱら本や映像作品が多いと。
人間まお:身近なところで人間観察をすることもあります。公園で大声で歌っているおじさんがいて、この人はどんな人生を送ってきたんだろう…って想像したところから、面白そうなキャラクターが生まれたりとか。個性的な友だちも多くて、マッチングアプリで会った人の話とかを「ネタにしていいよ」と言ってくれることがあります。
——いろんなところにアンテナを張っているのですね。人間まおさんといえばブログの印象が強いのですが、単行本を出すことで得られることもありますか?
人間まお:積極的に出したいと思っているわけではないんですけど、今回は編集さんが「絶対に出したほうがいいです」と猛プッシュしてくださって。話の展開を考えるときに編集者さんがついてくれることも大きいです。ブログは無料だから気楽ですけど、単行本は買ってもらうものだから、売れなかったらどうしよう…と思うと怖くて、ひとりではとても無理。でも、商業として成り立つのがプロだと思うし、書店に並ぶと普段は私の漫画を読んでいない人の目にもとまると思うので、いろんな人の反応を見たいこともあって挑戦しました。
——編集者からの意見を求めない漫画家さんもいますけど、人間まおさんは編集者の意見を取り入れているようですね。
人間まお:一緒にやるからには二人三脚といいますか、そういう気持ちでいたほうが私自身も安心できるので。でも今回は私の描きたいところを汲み取ってくださった上でアドバイスをしていただいたため、本当に楽しく描けました。
——2024年4月には、ブログで公開されている『あげおとティム』が『おはスタ』でアニメ化されますし、今までとは違った層からの注目が集まりそうです。
人間まお:読者層を広げるために新しいことを始めなきゃと思って、小さい子どもにも観てもらえるようなキャラクターを考え、アニメ化を目指すなかでNFTプロジェクトも始めて。NFTってまだ市場が狭いので、いろんな人と出会いやすいんです。たまたまテレビ関連の方と知り合って、アニメ化の提案をすることができました。声優さんのリクエストもして、素敵な方の出演が決まっているので、楽しみにしてもらえたら。
取材・文=吉田あき
2024年4月〜おはスタ内で「あげおとティム」がアニメ放送予定