『花束は毒』の衝撃が再び!「おまえが殺人犯だろうが、好きだ」元フィギュアスケーターの叶わぬ恋と才能の驚愕ミステリー
PR 公開日:2024/1/25
途方もないほど、誰かに恋焦がれたことはあるだろうか。叶わないのも、報われないのも分かっている。だけれども、どうしたって止められない。たとえ、これから先、相手が他の誰かと結ばれたとしても、この気持ちは変わらないのだろうという確信めいた思いが胸の中で燻っている。——もし、そんな恋心を大切な親友に対して抱いてしまったとしたらどうしよう。それも親友が同性だとしたら……。
『キスに煙』(織守きょうや/文藝春秋)は、そんな恋と才能を描いた衝撃のミステリー。『花束は毒』(文藝春秋)で知られる織守きょうや氏による最新作だ。なんだろう、この物語を読んでいるとフィクションであることを忘れてしまう。狂おしいほどの恋心が胸に切々と迫るせいだろうか。とてつもない没入感にあっという間に飲み込まれてしまうのだ。
主人公は、かつてフィギュアスケーターとして世界を席巻し、引退後はデザイナーとして活躍する塩澤詩生(しお)。彼には唯一無二の親友がいる。それは現役時代、同じ男子シングルの選手として競り合い、今もトップスケーターの地位にある志藤聖(ひじり)。彼らは自らにないものを持つ相手の才能を認め、互いをライバルとして意識してきたが、バイセクシャルである塩澤は、志藤に対して同時に秘めた思いも抱き続けてきた。だが一生伝えるつもりはない。引退後は自然と疎遠になるものだと思っていたが、志藤の態度は変わらず、ふたりの友情は年々深まっていた。そんなある日、現役時代に交友のあったスケーターで現在はコーチをしているアレックス・ミラーが転落死する。口が悪く敵が多かったミラーの死は波紋を呼び、殺されたのではないかという噂が立ち始める。もしかしてミラーを殺したのは……。
塩澤は、志藤の容姿や人間性に惹かれたわけではない。志藤の才能に恋をしている。塩澤は、願わくは、志藤にはずっと氷上で活躍し続けてほしいと思っている。そう思うほど、志藤の演技に魅せられているのだ。そして、恋心ではないにせよ、それは志藤だって同じだ。塩澤が自身のフィギュアスケートに限界を感じて引退を決意したことを何年も経った今でも悔しく思っている。「まだ塩澤ならば滑れるはずなのに」と心の奥底で思っている。そんなふたりの心境を知るにつれ、恋愛感情と友情との線引きはどこでするべきなのかと思わざるを得ない。互いの心の中には、ともに相手への愛しさも喜びも高揚も、嫉妬も独占欲もあるというのに……。だが、塩澤は間違いなく片思いをしている。告げるだけで重荷になるに違いないと秘められた恋心は一体どこに向かうのだろうか。
おまえが殺人犯だろうが、好きだ。
秘めた恋心、才能と限界、悪い噂、致命的な選択……。何たる衝撃なのだろう。終盤からは息をするのも忘れて、ページをめくらされた。人の心とは、ふとしたキッカケで暴走してしまうほど、脆いものなのかもしれない。苦しい。だけれども、ふたりの関係ほど尊いものはない。あなたもこの作品を読めば、危ういふたりの関係から目が離せなくなるはず。切ない恋をしたような気分。そんなどうしようもない痛みが胸に突き刺さるだろう。
文=アサトーミナミ