「飛び降りるには低い…」周りのものが死に結びつく。絶望的な状況から生きる道を探すコミックエッセイ
公開日:2024/1/29
2022年の自殺者数は2万1881人で、自殺死亡率は17.5だったという。自殺死亡率とは、人口10万人当たりの自殺者数だそうだ。毎年2万人以上の人々が自ら死を選んでおり、これほどの人が自ら死にたいと思う何かを抱えていたことに衝撃を受ける。しかし、そうするしかない人々がいるということなのだろう。
『ウツパン ―消えてしまいたくて、たまらない―』(有賀/新潮社)は、ウツパンが気付いたら28時間以上寝ていて、死にたくてたまらなくなってしまった絶望的な状況から生きる道を探していくという作者の実体験に基づいたコミックエッセイだ。
本書は読む前の注意書きとして、
“死にたいという思いに囚われた作者が、自身の葛藤とどう向きあっていくかを描くことで、自殺予防、自殺への理解が深まることを目的として漫画化しています。”
とある。「死んでしまいたい」と思うことは生きていればあるかもしれない。本書は、死にたくなるほどの生きる大変さ、死への思いなどを越えてウツパンが生きようと努力して、今を「生きる」になったのかの軌跡ともいえる。この本で少しでも救われる人がいてほしい。
本書では、「死にたい」と思うウツパンの苦しさやつらさをダイレクトに感じることができる。
“脳の状態は自分で操作できない お腹が空くように ニキビができるように がん細胞が分裂するように精神的な症状も自分ではどうしようもない強さがある”
とあるように、死にたくないのに、そうなりたくないのに、苦しい状況に置かれていくことが分かる。死にたいと思う人が何を考え、どう苦しんでいるか、思うように助けを呼べない難しさが胸に突き刺さってくる。私には、精神的に苦しんでいる友人がいた。人間関係のいざこざが絶えず、今は疎遠になってしまったが、未だに何もできなかった後悔と共に思い出すことがある。本書をその時に読んでいたら、もっと違う良い対応ができたのではないかと思えてならない。苦しんでいる本人だけではなく、その周りの人たちにも読んでほしいと切実に感じる。
読んで驚くことが、「死にたい」という思いを抱えている人は、目につくものが全て自殺の道具に見えてしまうということだ。「散歩で見えた団地は飛び降りるには低すぎること」など、周りの場所や物が死ぬための何かに見え、考えてしまうのだ。考えもつかないことを考えていて、死にたいという衝動はあまりにも恐ろしく強烈なのだと伝わってくる。シンプルに可愛らしいパンダのキャラクターで描かれるウツパンの表情やにじむ汗から苦しみや辛さが表現されている。
苦しむウツパンだが、友人の助けがあり、家族の助けもあった。後に疎遠になってしまうが、入院中に見舞ってくれたり、美味しいものを食べに連れていってくれたりする友達が本書では、トリ(鳥)の姿で描かれる。彼らの支えがあってウツパンは救われたことだろう。そして、家族。たとえ、子どもの頃から感情のすれ違いがあったり、欲しい対応が満足なほど得られなかったりした家族だとしても、いざとなると家族の絆の大切さに気付かされるものだ。自分を心配する家族を見て、「思えば楽しかった瞬間は自分にもあった」と気付く。本当にどうにもならなくなった時に助けてくれる家族が、3食ごはんを作り、生活を整えてくれることによって、ウツパンの心身は健康に近づいていく。人がそばにいることのありがたさを感じられる。解説にもあるが、いつ自分がウツパンになるかも分からないし、誰かのトリになることがあるかもしれない。誰かを助ける力が自分にもあり、助けられることもあるということを忘れずにいたい。
文=山上乃々