警察病院に常駐勤する「犬」が殺人事件を解決? 犬に油断した受刑者が心を癒されて秘密を漏らしてしまう

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/1/23

犬は知っている
犬は知っている』(大倉崇裕/双葉社)

「ファシリティドッグ」という犬たちの存在を聞いたことがあるだろうか? 「ファシリティ」とは「施設」を意味し、特定の病院に常駐するための専門的な訓練を受けた犬のことを指す。彼らを扱う研修を受けた臨床経験のある看護師(ハンドラー)とともに、入院患者の恐怖や苦痛といった精神面の負担を和らげるほか、患者の治療計画にも介入するなど大事な任務を持つ存在で、日本にはまだ数頭しかいないという。

 ミステリー作家・大倉崇裕さんの新刊『犬は知っている』(双葉社)は、そんなファシリティドッグ「ピーボ」(ゴールデンレトリバー/7歳/雄)が主人公。ハンドラーをつとめる元看護師の笠門達也巡査部長とともに、知られざる重大事件を解決していくという「犬」が主役の警察小説だ。

 警察病院の小児病棟に常勤するファシリティドッグのピーボは子どもたちの人気者。いつものように病棟で和やかに子どもたちと戯れていたピーボだが、今日は特別な任務のために特別病棟に向かわねばならない日だった。実はピーボには子どもたちのケアのほかに大事な任務――特別病棟に入院する受刑者と接し、彼らから事件の秘密や真犯人の情報などを聞き出すこと――を持っており、この日は末期癌を患う死刑囚の堀(31)との面会が予定されていたのだ。すでに面会も3度目となったピーボは慣れた様子で堀に向き合い、笠門は部屋の外でピーボの首輪にしかけた機材から送られる音声に注意深く耳を傾ける。面会時間がそろそろ終了という頃、堀は痛みに耐えながら「9人殺した――今さら、詫びるつもりもないんだ。だが、最後に、おまえだけに喋っちゃうよ。7件目はオレじゃねえんだ」と口走るのだった――。

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 死を前にした犯罪者はピーボに癒やされ、思わぬ真実を語り出すことがある――物語はピーボが引き出すそうした「心の声」がキーとなって展開していくこととなる。ハンドラーの笠門は「死にかけた囚人の弱みに乗じて秘密を聞き出す薄汚いやり方」と自嘲するが、囚人たちにしたら、ピーボに真実を語ることで心が楽になる面もあるのかもしれない。前述のあらすじは第一話「犬に囁く」のものだが、このあと笠門は捜査資料編纂室の五十嵐いずみ巡査が提供してくれた当時の捜査記録を読み直し、もう一度単独で捜査を開始して思わぬ真相にたどり着くこととなるのだ。

 めちゃくちゃ利口で鋭くて、相手が凶悪な犯罪者であろうと「そこにいる」だけで幸福感を与えてしまう…こんな高スペックのキャラが人間だったら現実感はまるでないが、犬だったら大いにアリ。実は「ピーボがいないとまるでダメ」と思われがちなハンドラーの笠門巡査も事件に対する嗅覚はなかなかのもので、一人と一匹が連携するとさらに最強になるのも面白い。本書には全5編が収録されているが、回を重ねるごとに彼らの絆も深まり、新感覚の「バディもの」としても楽しめる。それにしてもやっぱり「犬」ってスゴい…犬好きが魅了されるのはもちろん間違いないだろう。

文=荒井理恵