SNSで話題の怪異譚がコミカライズ! ビビりな堅物公務員と隻腕の青年の異色のバディホラー『夜行堂奇譚』
公開日:2024/1/26
全身を駆け上がるゾクゾクとした震え。叫び出したいような、逃げ出したいような恐怖を抱きながらも、それでも怖いもの見たさ、ページをめくる手が止められない。この世と隣合わせの異界、人ならざるものは間違いなく私たちのすぐそばにいる——読めば思わずそんな確信を覚えてしまうのが、『夜行堂奇譚』(立藤灯:漫画、嗣人:原作/KADOKAWA)。SNSで話題の怪異譚のコミカライズ第1巻だ。
主人公は、県庁で働く大野木龍臣。突然の辞令で怪異絡みの案件を扱う「特別対策室」へ異動することになってしまった堅物公務員だ。異動後の初仕事として行方不明になった前任者の捜索を始めるが、手掛かりはゼロ。オカルトめいたものは全く信じていない大野木だが、どうにか仕事はこなさねばならない。解決策を求めて訪れた奇妙な骨董店で彼は、右腕のない青年・桜千早と出会う。「アンタは存在を信じていなくても 怪異のほうはアンタの事が大好きみたいだぜ」——霊を視る力があるという千早とともに、大野木は街に潜む怪異に立ち向かうことになる。
すでにSNSや小説『夜行堂奇譚』(嗣人:著、げみ:イラスト/産業編集センター)の世界に触れたことがある人は、脳内で想像を繰り広げていた世界が目の前に現れることに興奮せずにはいられないだろうし、初めてこの世界に触れるという人も、あっという間にこの妖しげな世界の虜になってしまうことだろう。人とモノとの縁をつなぐ不思議な骨董店、大野木と千早の出会いに、何かが始まりそうな高揚を感じたのも束の間、実際にふたりが怪奇現象の現場を訪れる場面の恐ろしさったら、ない。ホラー描写の細かな描き込みは圧巻。まるで、彼らと一緒に異界に足を踏み入れてしまったかのような臨場感を味わわせてくるのだ。たとえば、ふたりが最初に訪れるのは、閉鎖されたはずの地下通路。先導する千早の後を追う大野木と同じようにゆっくりと歩を進めれば、泣き叫びたくなるような恐怖が私たちに襲いかかってくる。
千早には霊を祓う力はない。あるのは視る力だけ。それを知った大野木は絶望するが、それでも、千早は千早なりの方法で、怪異と向き合っていく。悪霊が胸の内に秘めている悲しみ、怒り、寂しさ。千早によってそれが明かされていくにつれ、あんなにも悪霊に恐れを抱いていたはずなのに、胸がギュッと締め付けられる。それは、大野木も同じだろう。大野木は悪霊から市民を救わねばと思っていたが、千早は悪霊さえも救おうとしていた。そのことに気づかされた時、大野木は自分と千早とでは見えている世界があまりにも違うことを思い知るのだ。
ビビりな公務員と隻腕の青年。異色のふたりが次第に紡ぎ上げていく絆も本作の見どころだ。人ならざるものとなり引き起こす、数々の呪いにゾクゾクさせられたかと思えば、大野木と千早の関係性にほっこりとさせられる。そのバランスが何とも心地がよく、「ホラーを読むのは初めて」という人にもオススメしたい。「次はどんな怪異に立ち向かっていくのだろう」と、自然と続きが気になってしまうに違いない。
もしかしたら、あなたの街にも怪異が潜んでいるのかもしれない。それもあなたのすぐそばにいるのかもしれない。恐ろしくも物悲しい怪異の世界と、それと向き合うふたりの青年の絆の物語に、あなたも魅せられるだろう。
文=アサトーミナミ