「ジャンルの垣根を超えたボジティブな小説ができました」 小説『トンデモワンダーズ』刊行記念! 人間六度×sasakure.UKスペシャル対談

文芸・カルチャー

公開日:2024/1/26

 YouTubeやTikTokで大人気の楽曲「トンデモワンダーズ」が上下巻でノベライズされました。刊行を記念して、著者・人間六度さんと、楽曲制作者(原案)であるボカロPのsasakure.UKさんの対談が実現! 小説版の世界観はどのように構築されたのか――など、制作の裏側を語り尽くしていただきました。また、おふたりのリフレッシュ法や今年の目標などもお聞きしました。

トンデモワンダーズ 上 〈テラ編〉
トンデモワンダーズ 上 〈テラ編〉』(人間六度:著、sasakure.UK:原案/KADOKAWA)
トンデモワンダーズ 下 〈カラス編〉
トンデモワンダーズ 下 〈カラス編〉』(人間六度:著、sasakure.UK:原案/KADOKAWA)

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出会いはまるでマッチングサービス!?

――人間六度さんは元々、sasakure.UKさんの大ファンだったそうですね。

人間六度:はい。僕は中学生の頃からボカロを聴き始めたんです。DECO*27さんの「二息歩行」から入り、ハチさんの「WORLD’S END UMBRELLA」を通過して、sasakure.UKさんに辿りつきました。そこからどんどん「ササクレワールド」に沼っていったんです(笑)。

sasakure.UK:10年くらい前ですか?

人間六度:そうですね。sasakure.UKさんを知ったのが高校1年生の時で、そこからずっと聴かせてもらっています。どの曲も本当に大好きなんですが、「深海のリトルクライ」「蜘蛛糸モノポリー」「トーチカ」などは特によく聴きましたし、今も聴いています。sasakure.UKさんはボカロPを始められてどのくらいですか?

sasakure.UK:今年で17年目ですね。初音ミクちゃんが活動してきた年数と同じだけやらせてもらってます。

人間六度:初音ミクちゃんと同じキャリアってすごい!

――sasakure.UKさんが人間六度さんを知ったキッカケは?

sasakure.UK:2022年に、紅玉いづきさんの『ミミズクと夜の王』刊行15周年イメージソング「mimizuqu feat.ダズビー」を制作させてもらったんです。その時、オファーしてくださったのが人間六度さんの担当編集者さんで、「sasakure.UKさんのことが大好きな作家がいます」と教えてもらいました。しかも「彼の文体は、きっとsasakure.UKさんの好みだと思います」とお聞きして、どれどれと手に取ったのが『スター・シェイカー』でした。本当にとてもいい小説だったので、当時のツイッター(現:X)でダイレクト・マーケティング(※顧客ひとりひとりに対する直接的なコミュニケーションによって購入等を促すマーケティング手法)をしたほどです。

――まるでマッチングサービスみたいですね。

人間六度:本当にそうですよね!(笑)。編集者さんにずっと「sasakure.UKさんが好き」と言い続けていたので伝えてくれたんですね。ちゃんと口に出して言っておくって大事だと思いました。

sasakure.UK:言葉にしておけば誰かが繋げてくれることがあるし、想いがあれば人と人はジャンルを隔てて繋がれることもあるものですね。じつは「トンデモワンダーズ」を発表して以来、何度か「小説化しませんか?」というオファーを頂いていたんです。でも、自分の中でなぜだかピンとこなくて……。それが人間六度さんの小説を読んだ時、「これはいけるのでは?」と思いました。「トンデモワンダーズ」の世界観を広げてくれ、僕の伝えたいことを昇華してくれる方かもしれないという感触があったんです。

人間六度:わー、バチクソ嬉しいです!!!

暗い世の中を1%でも明るくできたらいいな

――sasakure.UKさんが2021年に制作された「トンデモワンダーズ」は、ゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』内のユニット「ワンダーランズ×ショウタイム」のユニット楽曲。そして同時に発表されたミュージックビデオ(以下MV)は、YouTubeで現在までに1900万回以上再生されているほか、TikTokなどでも大流行したメガヒット曲です。制作の過程をお聞かせいただけますか?

sasakure.UK:プロジェクトセカイさんから「ゲームのストーリーに乗るような曲を作ってほしい」という依頼があり制作しました。僕はストーリーや世界観を自分の中に取り込んで独自の物語を組み立ててから曲に落とし込んでいくという作り方をします。「トンデモワンダーズ」は、「さびれたテーマパークを復活させる」というストーリーが素晴らしくて、「これはゲームの中にとどまらない広がりのある曲にできる」という手応えを感じました。「ワンダーランズ×ショウタイムバージョン」以外に、「バーチャルシンガーバージョン」で自由に発表していいということになっていたので、自分が広がりを感じたもうひとつの世界を膨らませて、MVを制作したんです。

――「歌ってみた」「踊ってみた」など、TikTokをはじめとしたSNSでたくさん曲が使用されていました。バズった理由は何だと思いますか?

sasakure.UK:さびれたテーマパークを復活させるというストーリーが背景にあったこともあり、「逆境を打開する」といったポジティブな力のある曲でした。そのポジティブさに反応してくれた人が多かったのだと思います。

人間六度:「トンデモワンダーズ」」は僕も大好きです。数あるsasakure.UKさんの曲のなかでは「ポジティブ」に属すると思っているんですけど、ちゃんと暗さもありますよね? 「成功も失敗も、全部、大好きでいいじゃん」という歌詞(言葉)は、すごくオープンマインドだけど、その裏には失敗を経験した過去がある。それを全部、受け入れる力強さを感じます。それは普遍的なテーマですよね。

 今って、炎上問題やデジタルタトゥーの問題など、「1回でも間違えたらダメ」という風潮があるじゃないですか。でもそうじゃないよ、失敗を乗り越えて前に進んでいけばいいんだよ、と。逆境に立ち向かっていく感じがすごくかっこいい。かわいくてポップな曲調なのに、どの世代の人にも刺さるメッセージがあるところがいいですよね。

sasakure.UK:ちゃんと理解してくださっていて、ありがたいです。ポジティブな言葉は、言おうと思えば誰にだって言えてしまいます。でも自分はそういうことをしたくない。誤魔化して生きたくないんです。ポジを投げかけるにはネガを知らなきゃいけない。僕自身が失敗して、あがいてきた中で得たポジティブさを提唱するみたいな感覚で作りました。あと「最近、世の中、暗すぎない?」というのもあって。1%でも明るくできたらいいなと思ったんです。

MVの世界を広げるような小説

――それでは、小説版『トンデモワンダーズ』についてお聞きしますが、執筆するにあたり、どのように進めていきましたか?

人間六度:僕の中では、ノベライズの話がふんわりと出た時にはすでに「こういう話にしたい」というアイデアが浮かんでいました。テラとカラス(当時はまだふたりの名前を知りませんでしたが)の関係が軸となり、ケンカしながらも人間関係を一歩前に進める勇気を持つ――。そういうテーマで書けたらいいなと思ったんです。どうやって広げていくか、そして細かい部分をどう書いていくか。sasakure.UKさんと相談して進めていった感じです。最初の打ち合わせの時、プロットというか企画書みたいなものをお見せしましたよね。

sasakure.UK:そうそう、そうでした。それを受け、僕のほうでは「MVの世界を広げるような小説にしてほしい」とお伝えしたんです。結果、人間六度さんがプロットに書いていたことと完成した作品は大きな差はなかったですよね? ただし、第一稿のチェックをさせてもらった時は「ここをこうしてほしい」とか、「このキャラクターよりこっちにしてほしい」とか、要望をたくさんお伝えしてしまって……。その節はたいへんご迷惑をおかけしました(笑)。

人間六度:本当にめっちゃありましたよね(笑)。直していく作業は大変だったけど、そのぶん、やりがいもありましたし、「sasakure.UKさんはお忙しいのに、こんなに時間かけてチェックしてくださったんだ!」と、感動すら覚えました。

――具体的にはどのようなチェックを?

sasakure.UK:たとえば、キャラクターデザインですね。僕の既存の曲のタイトルや歌詞をもとにさまざまなキャラクターを構築してもらったんですが、まったくの同一人物になってしまうのは違うかもしれないと思ったので。要素は残しつつ、少し変えてもらえませんか?といった相談をしました。

人間六度:sasakure.UKさんの曲が好きなあまり、要素を盛り込みすぎたところがあったんですよ。僕のエゴが暴走しちゃった(笑)。

sasakure.UK:完成した作品を読んだ時は、ジャンルの垣根を超えた広がりのある作品になったと嬉しかったです。ものすごく「トンデモ」な世界になっているな、と。好きなシーンはたくさんあります。たとえば、テラとカラスがマンションの屋上でカップ麺を食べるシーン。クエストで使うはずのアイテムを日常生活で使っているという設定がとてもいいと思いました。

人間六度:アイテムを本来とは違う使い方で描くことは余裕があったらぜひやりたいと思っていたんです。そう考えていた部分がsasakure.UKさんに刺さって嬉しいです!

sasakure.UK:あと、テストが返却されるシーンもいいですよね。点数に納得がいかなくて落ち込んでいるカラスを見て、テラがちょっかい出すじゃないですか? あの行動、完全に学生時代の僕です。「全然、勉強してないわー」って言う友人とテストを見せ合ったら、相手だけがめっちゃいい点を取っていた……みたいなこと、よくありました(笑)。

人間六度:僕も同じです。高校時代の友だちは頭がいい人ばかりだったので。「全然勉強してないわー」は罠ですからね、完全に。

好きを突き詰めることは創作の原動力になる

――これだけは絶対に描きたいと思ったことはありましたか?

人間六度:アクションシーンですね。僕自身が書きたかったというのもあるし、MVにもけっこう動きがあったので絶対にアクションシーンは描こうと思っていました。やりすぎたかな……と思ったりもするけど(笑)。その他にもsasakure.UKさんのルーツってやっぱり、ゲーム世界にあると思っているので、作中に登場するアイテムにウエポンストーリーをつけるなど、ゲーム的な演出や小ネタをたくさん入れています。そういった本筋以外のところでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

sasakure.UK:人間六度さんってネーミングセンスがありますよね。独特の感性があると思います。たとえば、アイテムの「奇器怪壊(ききかいかい)」。僕の曲は「ki ki kai kai」だけど、絶妙な漢字を使ったりして「六度ナイズ」されていますよね。

人間六度:sasakure.UKさんの遺伝子を受け継いでいるのでね。リバージョン(逆戻り)しているみたいなところがありますよ!(笑)

――本当に、sasakure.UKさんのことが大好きなんですね。

人間六度:僕は今、大学4年生なんですけど、コロナ禍の2年間は休学していたんです。その理由のひとつが、大学で発行する雑誌の中でsasakure.UKさんにインタビューしたかったから。コロナ禍では対面でインタビューできないと言われたので、それなら休学して待とうか、と。おそらく2年後にはコロナ禍も終わっているだろうから、ゼミの指導教授にお願いして、あえてゼミの単位を落としてもらったりしたんですよね。

sasakure.UK:えー(笑)。すごい熱意。ありがたすぎる!

人間六度:デビュー前だったこともあり、どうしてもお会いしたかったんです(笑)。ちなみに僕は、電撃大賞の受賞者コメントに、「sasakure.UKが超好きです。ノベライズさせてください」と書いていますからね。サイトを見てもらったらわかります!

sasakure.UK:まさに有言実行ですね。その話を聞いて、人間六度さんとカラスくんが重なると思いました。人間六度さんと同じように、カラスくんも有言実行の人です。彼の行動力は素晴らしい。たとえ成し遂げられなかったとしても、行動することはすごく大切ですよね。

 そしてもうひとつ思ったのは、好きという気持ちの尊さです。自分に置き換えてみると、子どもの頃からゲームが好きだったおかげで今の仕事に就けた。そして続けてきた結果、「トンデモワンダーズ」も作れたと思うので。好きを突き詰めることは創作の原動力になるのだと実感しました。

ボカロPは作品に嘘をつかない人たち

人間六度:僕はボカロが好きで聴いてきましたが、sasakure.UKさんとお会いして、作風と本人のキャラクターがすごく近いなと思いました。

sasakure.UK:それはありますね。曲に人柄が出ると思います。僕の尊敬するボカロPは作品に嘘をつかない人たちばかりです。飲み会で語っていたことがそのまま作品になっていたり、魂を削って作品を作ったりしている。そういうことを聞くと「ああ、みんなも苦労してるんだな。僕だけじゃない」と勇気がもらえます。1曲生み出すまでにけっこうなエネルギーを使って、悩み、もがきながら作っているので。

人間六度:魂を削って曲を作る……まるで私小説みたいですね。曲のイメージはどんな時に浮かぶんですか?

sasakure.UK:お風呂場や散歩中など、ふとした時が多いですね。人間六度さんはどうですか?

人間六度:僕、アイデアはけっこう無尽蔵に湧くんですよ。ただし、書き上げるのに時間はかかりますが……。あと、その時に直面している人間関係の問題が反映されることはありますね。もし『トンデモワンダーズ』の中で、リアルに感じる部分があったとしたら、それは僕が日常的に感じている葛藤が表に出た結果かもしれません(笑)。

――創作中のリフレッシュ法などがあれば教えてください。

人間六度:僕は料理で、最近はよくパエリアを作ります。パエリア鍋にオリーブオイルをちょっと大丈夫か?ってぐらい入れて、魚介や野菜を炒める。そこに水とトマトペーストと生米を加えて加熱し、あとは放置するだけ。簡単なのに、なんかすごく「作った感」が出るので、非常にハマっております。

sasakure.UK:パエリア作るんだ、すごい(笑)。僕の場合は、ゲームセンターに行くことですね。音楽ゲームや古いアクションゲームをやっていると純粋に楽しいですし、好きなものに触れることでインスピレーションが湧くこともあるんです。図書館に行くのも好きですよ。時間があれば朝から夜までいることも。図書館の空気感が好きだし、何よりランダムに並んでいる本を手に取って読むのが楽しいんです。

人間六度:素敵な趣味ですね。そして作家からしたら、増えてほしい人種です(笑)。

――それでは最後になりますが、おふたりの2024年の目標を教えてください。

sasakure.UK:ノベライズを機に「トンデモワンダーズ」の世界と向き合ったことで、そこから派生するコンセプトやアイデアが浮かんできました。今年はそれを形にしていきたいですね。

人間六度:めちゃくちゃ楽しみ! でもsasakure.UKさん、お忙しいからちょっと心配です。Xにうめき声のようにつぶやいていた「忙しすぎて、サボテンになっちゃった」という言葉を読んで、だいぶヤバそうだなこの人と思ったので……。

sasakure.UK:ああ、ありましたね。あの時は本当に忙しすぎて(笑)。でも大丈夫です。仕事をしているのもすごく好きなので。

人間六度:僕はもうすぐ大学を卒業し、そのあとは専業でやっていくつもりです。まだまだ駆け出しなので、今年も頑張らなきゃなと思っています。今回のノベライズがすごく楽しかったので、ぜひまた挑戦したいな。sasakure.UKさん、次やる時もまた呼んでくださいね。約束ですよ!(笑)

取材・文=髙倉ゆこ