お受験小説の魅力に迫る!『君の背中に見た夢は』著者・外山薫×教育ジャーナリスト・おおたとしまさスペシャル対談

文芸・カルチャー

公開日:2024/1/30

 ますます過熱の一途を辿る中学受験。ブームの盛り上がりを受け、中学受験に関連した小説も次々と刊行されています。中でも2023年は、教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏が中学受験を目前に控えた3組の親子の姿を濃密なタッチで描いたセミフィクション『勇者たちの中学受験』(大和書房)、そしてX(旧Twitter)で話題の“タワマン文学”から誕生した外山薫氏の長編小説『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)は大きな反響を呼びました。このたび、その著者ふたりによる対談をお届けします。

 おおた氏が2023年11月に発売した『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』(集英社)の書評を外山氏が執筆するなど、かねてから交流のあった両氏。ふたりが考える「受験の本質」と「受験期における夫婦の関係」とは。外山氏の話題の新刊小受(小学校受験)小説『君の背中に見た夢は』(KADOKAWA)についても、たっぷりと伺いました。

『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』『君の背中に見た夢は』

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「子のためなら夫婦の優先順位を下げてもOK」と思い込んでしまう

——2024年1月30日発売の新刊『君の背中に見た夢は』では、小学校受験を取り上げています。なぜこのテーマを選んだのでしょうか。

外山薫さん(以下、外山):小学校受験は外からは見えにくい世界ですが、「お教室代で600万円使った」など、やたらと過激な情報が漏れ聞こえてきます。タワマン文学と同じように、野次馬的に関心を持つ人も多いのではないかと考えました。また、中学受験ほど裾野は広くないものの、毎年一定の人が小学校受験しているという状況にもかかわらず、小学校受験をテーマにした小説はほとんどありません。だから、受験の流れもていねいに噛み砕いて、「これ一冊読めば分かる」入門書のような要素も入れました。

おおたとしまささん(以下、おおた):文芸書だけれど、参考書として受験コーナーに置いてもらえそうな本ですよね。小学校受験という、ある意味ニッチなテーマで、子育ての本質を見事に描いていると感じました。特に感心したのが、お受験教室の先生と子どもを通わせている保育園の園長の言葉。それぞれ立場は違いますが、どちらも正しいことを言っていますよね。

 親はいろんな情報に触れて振り回されて右往左往するけれど、先生はちゃんと子育ての本質が見えているからブレません。「子育ては、その本質さえ外さなければ大丈夫」。そんな外山さんからのメッセージが心に刺さりました。実際に当事者や先生にも話は聞けたんですか?

外山:前作と同じで、ネタ集めはもっぱらX(旧Twitter)発なんです。相互フォロワーで小受クラスタの人にDMを送って取材しました。その人のツテなどもあって、当事者や塾の先生など、合わせて10人ほどに話を聞くことができました。

——おおたさんの『中受離婚』とも重なる要素として、『君の背中に~』にも夫婦の危機に関するエピソードが登場します。

外山:取材では受験の経験談はもちろん、夫婦関係の変化まで突っ込んで聞きました。でも、表に出せない話もかなり多かったですね。夫婦のどちらか一方が受験に夢中になりすぎることが多くて、ギスギスしやすいという印象を受けました。偏差値という共通の尺度がない分、中受(中学校受験)よりも小受のほうがその傾向が顕著かもしれません。

おおた:実際に離婚まではいかなくても、受験期間中に夫婦間の葛藤が起こることは珍しくない気がします。『君の背中に〜』の主人公・茜の家庭も「あれ?」という瞬間があって。そこで自分が何を犠牲にしていたのか、茜が気づくというシーンでした。子どものことに一生懸命になっている時って、お互いにそこにいるのが当たり前だと思ってしまうんですよね。本当は一番もろい関係なのに、夫婦なんだから優先順位を下げても大丈夫だと過信してしまう。そう思えること自体が、お互いへの信頼の表れでもあるのですが。

 ところで中学受験では、学校側が家族の絆を合否の判断材料にすることはありません。でも小学校受験は……。

外山:やっぱり「家族」を見られるんですよね。受験時にシングルだと不利になるという話があるので、小受が終わるまで離婚は先送りして、面接では仲睦まじい夫婦を演じるという話も聞きました。小説には書けなかったけれど、他にもドロドロした話はいっぱいあって……。小受を考えるタイミングって、結婚してまだ数年という人も多いから、「今ならやり直しがきくんじゃないか」「本当にこの人でよかったのか」と考えてしまう人もいるのかもしれません。

おおた:でも仮に何かあったとしても、まだ若いふたりだし、これから夫婦の形を作っていくと前向きに捉え直すこともできるタイミングですよ。それに比べると、中学受験に挑む夫婦は結婚15年目くらいの中途半端な時期。夫婦としては成熟しきってないけれど、お互いに相手のことを知ったような気になっている。そんなタイミングだからこその危うさはあると思います。

受験における「成功」はそれぞれの家族によって異なる

外山:ところで私は学生時代に塾講師のアルバイトをしていたこともあって、受験業界に長らく興味関心を持ってきました。おおたさんの作品も愛読していますが、ここ最近は学校や受験生本人のことよりも家庭内の人間関係を描く方向にシフトされたように感じています。

『勇者たちの中学受験』では家族、さらに夫と妻、父と母という夫婦についてもかなり詳しく触れていましたが、その上でさらに「中受離婚」ですからね。業界に深く関わってきた方ならではの視点だと、思わず唸りました。

おおた:そもそも私は思春期の人間の成長過程に興味があって、教育の場所としての中学校、高校について取材を重ねてきました。でも「この学校はとてもいい環境だ」と書くと、みんながそこを目指したくなってしまうんですよね。それがたまたま開成だったり桜蔭だったりするわけですが、合格するために何もかも犠牲にしてもいいのか。それは今一度、保護者に冷静に考えてほしいんです。

 私は「偏差値が高い学校に入るために何がなんでもがんばってほしい」と伝えたいわけではないんです。せっかく中学受験するのであれば、親子で受験を通してしか得られなかったものは何だったのかを知り、その尊さを自覚してほしい。それが『中受離婚』に込めたメッセージです。

外山:ストーリーだけ読んでいると、「悲惨な家族もいるものだ」で終わってしまうけれど、なぜこうなってしまったのか、あのときどうすべきだったのかを、おおたさんが解説でさらに掘り下げている。自分自身も子育て中の親として、子どもにどう接したらいいのかを改めて考えるきっかけになりました。

おおた:ありがとうございます。本当は解説がなくても伝わるのが一番いいですけどね(笑)。こういった話は物語として読むほうが読者も受け止めやすいのではないかと感じたので、最近はセミフィクション形式の執筆に力を入れています。

外山:扱うテーマが「離婚」となると、取材対象を見つけるのも大変だったのではないでしょうか。

おおた:インターネットでの募集や知り合いのつてを辿りました。ただ、情報を集めることはできても、書けるかどうかは別。『勇者たち~』と比べて、取材にはかなり苦労しました。

『勇者たち~』は純粋に中学受験の経験談なので、当時の苦労を自分の中で消化しきっていれば書いてもいいと言ってくれるんですよ。でも、『中受離婚』はもっと複雑。夫婦の話ですからね。実際に話を聞いてみて、中学受験とは無関係の、パーソナルな問題が隠れていると感じた例もありました。

——おおたさんの作品の中でも、中学受験を考えたらすぐに、できれば受験学年になる前に読んでほしいと思った本でした。私は現在小学校6年生の母なのですが、ママ友たちに勧めても「当事者として怖くて、今は読めない」と言われてしまうので。タイトルは鮮烈だけれど、実はそれくらい普遍性のある話なのだと思います。

おおた:まさに受験の渦中にいる人をターゲットにして書きましたが、そう言われてみると、当事者にとっては受験が終わった後のほうが読みやすいかもしれない。「ああ、こんなこともあったよね」と。

 担当編集者と話していたのは、「中学受験において何を成功とするかは、夫婦や家族によって異なる」という点。無事に合格したら成功と言えるのか、受かったとしても家族の在り方がずれてしまったなら、それは成功と言えるのか。その判断は読者に委ねたいと思います。

「最低MARCHで」が狭める「子どもの選択肢」

外山:何が成功、正解かという話で言うと、地方在住の場合、県立のトップ校に行って上京するというルートだけでなく、地元の国立大学に進むとか高卒で就職して地元に家を建てるとか、ある種のモデルが完成していると思うんですよね。でも、東京に住んでいる高学歴の親たちには、そういうモデルがありません。

 いい会社に入って、そこで出会った人と結婚して共働きしているけれど、特に資産があるわけではない。だから子どもに残せるもの、与えられるものは教育しかないと思い込んでしまう。自分が歩んできたような学歴なら、それなりに再現性もあると信じているからです。もっとはっきり言うと、「失敗してほしくない」という思い。その結果、中受前提の子育てになって、家庭によっては「最低MARCHで」というところからスタートしてしまう。

おおた:うんうん。

外山:子どものことを苦しめたいから受験させるなんて親はいないと思います。どんな親も、子どもへの愛情があるからやっていること。ただ「教育の機会を与えてあげたい」「選択肢を増やしてあげたい」と言いつつ、果たして本当に子どもの選択肢は増えているのか。小説を書く上で、これは一貫したテーマとして取り扱っているつもりです。

おおた:『君の背中に~』にも、「選択肢を与えられるのは私だけなんだ」という茜のセリフが出てきましたよね。思わずマーカーで線を引きました。

 私見ですが、人生とはむしろ、もともと持っている無限の選択肢を刈り込んでいくことではないでしょうか。親の役割は、それぞれの選択肢の価値に気づかせてあげること。逆に言えば、親が「選択肢を与えなければ」と焦っている時点で、子どもがもともと持っている選択肢に気づいてあげられていないと言えます。そうなると、親が思う「正解」の範囲内でしか、子どもは人生を選べなくなってしまうんです。

「せっかく努力して○○大学に入ったのだから、それだからこそ得られた選択肢の中から人生を選ばないともったいない」と語るいわゆる受験エリートに、これまでの取材でたくさん出会ってきました。それって、努力の結果、むしろ自分の人生の選択の幅を狭めていますよね。傍から見ると、それこそもったいないと感じます。

外山:今の社会は偏差値一辺倒ではなく、多様なバッググラウンドを持ち、自分の頭で考えられる人材を求めていますよね。でも中学受験だ、いや中学受験は大変すぎるから小学校受験だといったように、真逆の方向に突き進む人も増えている。このギャップが、日本社会の病んでいる部分だと感じます。

おおた:社会的な本音と建前ですよね。おそらくすでに多くの人が「多様性のある社会であるべきだ」と考えている気がします。ただ現時点においてどちらがお得なのか、教育を損得勘定で考えると、偏差値という分かりやすい指標にすがってしまう。今はその過渡期なのかもしれませんね。

親は「子の受験」を通して、新しい自分に出会い直す

外山:受験に対するネガティブな話が続いてしまったので、ポジティブな話も一つ。取材で出会った人のほとんどが、「小学校受験をやってよかった」と話していたんです。大変だったのは間違いないし、お金もかかったけれど、「家族の絆が強まった」という意見は一致していました。

 家族とたくさん旅行したり思い出を絵に描いたりしたこと。お正月には餅つきをして、おじいちゃんおばあちゃんと交流したこと。そもそもは受験対策だったけれど、結果的に情操を育むことができたという点に満足しているようでした。

 中学受験も同様に、結果以外のメリットを実感したという声はあるのでしょうか。

おおた:「子どもが目標に向かって必死に取り組んでいる姿に感動した」という感想はよく聞きます。「こんなにがんばっているんだったら、結果なんてどうでもいい」って、受験を終えた親御さんはよく言っていますよ。親に言われたからやるのではなく、子どもが自分の足で目標に向かって歩み出した瞬間を気づいた時に、そう感じるんです。

外山:なるほど。

おおた:筋トレだってマラソンだって、やり方を失敗すれば怪我をします。受験がいいとか悪いかとか、小学校受験と中学受験のどちらがいいかとか、そんな比較はできないと思う。どんな選択でもいいんです。ただ親御さんには、気づかないうちに大きな犠牲を払ってしまわないように気をつけていてほしい。それだけですね。

——これからおふたりの本を手に取る人に向けて、メッセージをいただけますか。

外山:小学校受験は本当にクローズドな世界。受験させたこと自体を隠す人も多いようです。「別に私は積極的に小学校受験をさせたかったわけじゃないけれど、子どもの教育にいいって聞いて」とか「お友だちがお教室に通っているから、うちの子もやりたがって」と、みんな言い訳から入るんですよ。結構どっぷりはまっているんだけど、周りにはそれを知られたくない。その感覚がとても興味深くて、面白い。

 冒頭で話した通り、小学校受験に無縁の人にもぜひ読んでもらいたいです。リアリティにはかなりこだわって取材しているので、「こういう世界もあるんだ」と追体験して楽しんでもらえれば。

おおた:外山さんの作品も私の作品も受験をテーマにしていますが、いずれも受験というイベントを通して自分と出会い直す、そういう物語だと思っています。

 子育ては迷いの連続。立体迷路の中を匍匐前進しながら、どっちが出口なんだろう、正解の道はどちらなんだろうと必死で進んでいるような感覚の人も多いのではないでしょうか。そんな時はスッと立ち上がってみると、全体像が見えてほっと一息つけます。そうした視点をどちらの本からも得られるのではないかと感じています。

 今受験をさせていること、させていないことに罪悪感を覚えることもあるかもしれませんが、結局どんな親も思っていることは一緒なんです。それに気づいてもらえたら何よりです。

構成・文=樋口可奈子

外山薫
とやまかおる●1985年生まれ。慶應義塾大学卒業。会社員。著書に『君の背中に見た夢は』『息が詰まるようなこの場所で』

おおたとしまさ
リクルートから独立後、数々の育児誌、教育誌の編集に携わる。教育や育児の現場を丹念に取材し斬新な切り口で考察する筆致に定評がある。心理カウンセラー、小学校教員としての経験もある。著書は『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』『勇者たちの中学受験』など80冊以上。