「チワワテロ」と呼ばれる事件の真相は? 「自分は弱い」アピールがはびこる現代の炎上社会をリアルに描き出す
PR 公開日:2024/1/26
道行く誰かに、知らないうちにチワワのピンバッジをつけられていたら、どう思うだろう。かわいい、けれどちょっと怖い。やろうと思えばバッジの針で刺すこともできたはずだし、何より、意図がわからなすぎて、ぞっとする。大前粟生氏の小説『チワワ・シンドローム』(文藝春秋)は、首都圏を中心に日本各地で謎の「チワワテロ」が起きたのをきっかけに、好きな人と連絡がとれなくなってしまった新卒3年目の会社員・琴美が主人公。高校時代からの親友で人気インフルエンサー・ミアとともにその行方を追う本作は、これまで丹念に人と人とが向き合う姿を描いてきた大前氏にとって、初のミステリー仕立ての小説である。
琴美が思いを寄せていた新太とはマッチングアプリで出会った。旅行に行く約束までしていた彼が、〈これから、会わないようにしよう。僕のことはもう信じないで〉という謎の言葉を残して消息を絶ったのは、琴美が、新太もチワワテロに遭っていたことを指摘したあとだ。新太はSNSを一切やっていないし、フリーランス業だから会社に問い合わせることもできない。手がかりがほとんど無いなか、琴美はチワワテロを調べることに決めるのだが……。
〈現代社会では、自分を守るために、弱くいることが求められるんです。みんな、チワワのようになりたいんですよ。弱くなりたいんですよ。〉とテレビのコメンテーターは言う。強い、と思われている人間は、批判されて当たり前だと思われ、すぐに炎上してしまうし、隙あらばその立場から引きずり降ろしてやろうと狙っている人間もSNS上には少なくない。だからみんな、自分は脅威のある人間ではないと示すために、弱さや傷を露呈して、弱い人間だと主張したくなるのだと。
だがそれは、アピールの上手な人間ほどうまく立ち回り、守られていくということでもある。そのことをみんなうすうす察知しているから、本当に傷ついて弱い立場に追い込まれてしまった人たちの声も軽んじるようになってしまう。面接で過去の傷を吐露した学生に対して、琴美の上司が「同情をひくための戦略なんじゃないか」と笑ったように。だから、SNS上で盛り上がったチワワテロを利用してイベントを開催しようとした人たちに、真の首謀者――“傷の会”は警告と脅しをかけたのだ。〈ニセモノどもが、わたしたちを奪うな〉と。
傷の会は、過激な暴露系配信者として名を馳せるMAIZUに傷つけられ、めちゃくちゃにされた人たちの集まりだという。新太もまた、MAIZUのチャンネルの視聴者だった。両者にはいったいどんなつながりがあるのか。琴美は、ミアとともにMAIZUと接触するが、事態は思わぬ方向にどんどん転がっていく。
傷を主張し、弱さを利用して、自分の立場を確保することはときにとても心地がいい。守ってもらえるだけでなく、強者を弾劾する権利にもつながる。だがその裏で、傷ついた果てで声をあげることもできない人が踏みつけにされていることも、本作では繊細に描いていく。自分の弱さをたてに誰かを傷つけていないか。目の前にいる人を、自分自身を、本当の意味で大切にできているだろうか。優しくも厳しい問いかけが本作には詰まっている。
文=立花もも