ヒトはいつから火を使うようになったか。そしてヒト以外でも火を使う動物とは?/AIは敵か?⑪

暮らし

公開日:2024/1/31

『AIは敵か?』(Rootport)第11回

AIに仕事を奪われる! 漠然と抱いていた思いは、「ChatGPT」のデビューによって、より現実的な危機感を募らせた人も多いのではないでしょうか。たとえば、バージョンアップしたGPT-4のアドバイスを受ければ、プログラミング経験のないユーザーでも簡単なアプリを作れるほど高い精度を誇ります。では、⽣成AIが登場し、実際に人々の生活はどうなるのか。本連載『AIは敵か?』は、マンガ原作者でありながら、画像生成AIを使って描いた初のコミック『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を上梓したRootport(ルートポート)氏が、火や印刷技術といった文字通り人間の生活を変えた文明史をたどりながら、人とAIの展望と向き合い方を探ります。

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AIは敵か?

中間的な種族を知れば、人類の進化がよりわかる

 これまでの連載で紹介した、3つの化⽯⼈類――アウストラロピテクス、ホモ・エレクトス、ネアンデルタール⼈――の名前を知っていれば、考古学や⼈類史のニュースを最低限は読み解けるようになります。⼊⾨編としては、まずはこの3種を覚えましょう。

 さらに、アウストラロピテクスとホモ・エレクトスの中間的な種として「ホモ・ハビリス」が知られています。体つきはアウストラロピテクスに似ていましたが、⽯器を使って⽯器を作る――すなわち「道具の⼆次制作」を⾏っていた証拠が⾒つかっています。チンパンジーやカラスを始め、道具を使う野⽣動物はさほど珍しくありません。しかし、道具の⼆次制作を⾏うのはヒトだけの特徴とされています。

 また、ホモ・エレクトスとホモ・サピエンスの中間的な種として「ホモ・ハイデルベルゲンシス」という名前を憶えておいてもいいでしょう。これは私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール⼈との共通祖先だと⾒做されています(※1)。ホモ・エレクトスはまずホモ・ハイデルベルゲンシスに進化し、そこからサピエンスとネアンデルターレンシスに分岐したわけです。

 つまり、私たちの進化を⼤雑把にまとめるなら、①チンパンジーとの共通祖先である⼤型類⼈猿→②アウストラロピテクス→③ホモ・ハビリス→④ホモ・エレクトス→⑤ホモ・ハイデルベルゲンシス→⑥ネアンデルタール⼈と私たちホモ・サピエンス……というストーリーになります。

 ややこしくなるのはここからです(すでに充分ややこしいかもしれませんが)。

 まず、ネアンデルタール⼈を(私たちとは別種ではなく)ホモ・サピエンスの亜種だと⾒做す研究者がいます。また、ホモ・ハイデルベルゲンシスをホモ・エレクトスの亜種だと⾒做す研究者もいます。さらに、ホモ・エレクトスのうち(北京原⼈やジャワ原⼈とは違い)アフリカに残った集団を、ホモ・エルガステルという別種として扱う研究者もいます。

 このような学名・分類の混乱が⽣じるのは、化⽯の数が豊富で、なおかつそれぞれの解剖学的な差異が⼩さいからです。いわばグラデーションを描いているので、専⾨の研究者から⾒てもどこで「別種」の線引きをすればいいのか議論が分かれてしまうのです。もはや⼈類の進化に「失われた環(ミッシング・リンク)」は存在しません(※2)。

火をつける方法

 ここまでの話を前提知識として、ようやく「私たちはいつから⽕を使っているのか?」という当初の疑問に答えることができます。

 というのも、⽕を操ることはかなり難しい技術だからです。

 今の⽇本に、⽊の棒を板にこすりつける「錐揉み式」で着⽕できる⼈が何⼈いるでしょうか。冒頭で私が無⼈島に持っていくと述べた⾍眼鏡など論外です。ガラスの凸レンズは近世以降の発明品であり、⼈類が進化した太古の昔には存在しませんでした。たとえ偶然にも⽕打⽯を拾ったとしても、薪の上でどんなに⽕花を散らしても⽕は付きません。燃えやすい⽕⼝(ほくち)にまず着⽕して、それを少しずつ⼤きな燃料へと引⽕させて育てていくという技術を学ぶ必要があります。

 実際、着⽕技術はあまりにも難しく、それを失ってしまった狩猟採集⺠族もいました。アマンダン諸島の先住⺠族、アマゾンのシリオノ族、スマトラ島のアチェ族などは⾃⼒では⽕が起こせなくなったため、種⽕を絶やさないよう⼤切に燃やし続け、もしも嵐などで消えてしまったときには種⽕を維持している他の集団を探しに向かいました(※3)。

火を使うのは人類だけではない

 こうした事情から、⽕の利⽤は⼈類の知性の象徴のように⾒做されがちです。

 進化の物語の終盤近くで、具体的にはネアンデルタール⼈やホモ・サピエンスになってから使い始めたのだろうと考える研究者が珍しくなかったのです。たしかにネアンデルタール⼈や、⾏動が現代化しつつあった10万年前以降のホモ・サピエンスでは、⽕を利⽤していた明⽩な考古学的証拠が多数⾒つかっています(※4)。

 ところが――。

「⽕の管理」は難しくても、「⽕の利⽤」にはさほど⾼い知能は必要ないようです。オーストラリア・ノーザンテリトリーのアボリジニの間では、古くから「⽕を使う⿃」の伝承がありました。湿気の多い⽇本に暮らしていると想像しづらいのですが、乾燥したオーストラリア北部ではしばしば⾃然発⽕により⼭⽕事が起きます。少なくとも三種類のトビの仲間が、燃えさしを嘴や⾜で運んで、意図的に⼭⽕事を広げることが確認されているのです。これはエサとなる⼩動物を⽕によって炙り出すためだと考えられています(※5)。

 また、「調理済みの⾷べ物を好む」という性質を、⼈類は⽕を使い始める以前から持っていた可能性があります。

ヒトはいつから「焼き肉」が好きになったか

 あなたがヴィーガンでなければ、⾁や⿂の焼ける匂いだけで⾷欲が増し、空腹を覚えるでしょう。暖かな炭⽕の上で焼かれる⾁を想像してください。表⾯にはぷくぷくと油の⼩さな泡が浮かび、⾁汁がしたたり落ちるたびに、ジュワッと軽やかな⾳が鳴る――。そんな光景を思い浮かべるだけで、私はよだれが溢れてきます。あるいは野菜でも、⽕を通したほうが美味しくなるものは多いでしょう。トマトが苦⼿だという⼈でも、⽣のサラダは無理でも⽕を通したものであれば⾷べられるという⼈をしばしばお⾒掛けします。

 このような「調理済みの⾷べ物を好む」という特徴は、ヒトが⽕を使うようになったことで⾝に着けた性質だろうと私は考えていました。ところが、そのはるか以前から私たちは焼⾁が好きだった可能性があります。

 ⽕を通すと、デンプン質もタンパク質も吸収されやすくなります。あらゆる⾷材が柔らかくなり、消化が容易になります。⽕を通したエサを与えると、⽜や⽺などの家畜は成⻑が早くなります。⽝や猫などのペットは太りやすくなります。昆⾍ですら、調理済みのエサを与えたほうが盛んに繁殖します(※6)。⽕を通した⾷べ物のほうが効率よく栄養を摂取できるというのは、多くの動物に当てはまる共通の法則らしいのです。

 さらに野⽣の類⼈猿を対象とした調査でも、⽣のエサよりも調理済みのエサのほうが好まれたという報告があります。この調査で注⽬すべきはチンポウンガのチンパンジーたちで、それまで⾁⾷するところが⽬撃されていませんでした。(少なくとも記録上は)初めて⾁を⾷べた彼らは、はっきりと⽣⾁よりも調理済みの⾁を好んだというのです(※7)。

 要するに、私たちはアウストラロピテクスだった頃から、⼭⽕事などで焼けた芋や⾁を⾒つけたら、喜んでそれを⾷べていた可能性があります。⽕を管理する技術を覚える以前から、調理済みの⾷べ物を「美味しい」と感じるように前適応していたのかもしれません。

 考古学的な証拠も、⽕の利⽤に⾼い知能や創意⼯夫が必要ないことを裏付けています。⽕を利⽤した痕跡は、ホモ・サピエンスの誕⽣よりもずっと古いのです(※8)。

 たとえば約40万年前の遺跡では、イギリスのビーチズ・ピットやドイツのシューニンゲンのものが知られています。獲物を解体し、焼き⾁にしていた痕跡があります。また発⾒されている中で最古のものはイスラエルのゲシャー・ベノット・ヤーコヴ遺跡で、約79万年前の囲炉裏や煤けた壁が⾒つかりました。ここまで読んできた皆さんならお分かりの通り、これらの遺跡はホモ・サピエンスの誕⽣よりもはるかに先んじています。これらの遺跡で⽕を使ったのはホモ・エレクトス(少なくともその近い仲間)だったはずです。

 さらにアフリカに⽬を向ければ、約150万年〜100万年前の興味深い痕跡が⾒つかります。南アフリカのスワートクランズの焼けた⾻、ケニアのチェソワンジャの熱された⼟の塊、ケニアのコービ・フォラの変⾊した⼟壌などです。ただし、これらが⼈類の⼿による意図的な⽕の利⽤によるものなのか、⼭⽕事などの⾃然現象によるものなのか、議論が分かれています。

※1 『心の起源 脳・認知・一般知能の進化』(D.C.ギアリー/培風館 2007年)P48-50など

※2 『進化の存在証明』(リチャード・ドーキンス/早川書房 2009年)P286-298の議論を参照

※3 『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』(ジョセフ・ヘンリック/白揚社 2019年)P106-107

※4 『⽕の賜物 ヒトは料理で進化した』(リチャード・ランガム/NTT出版 2010年)P85-86

※5 Gigazine「火を使って狩りをする鳥の存在が確認される」
https://gigazine.net/news/20180122-australian-bird-use-fire/

※6 『⽕の賜物 ヒトは料理で進化した』(リチャード・ランガム/NTT出版 2010年)P41-43

※7 『⽕の賜物 ヒトは料理で進化した』(リチャード・ランガム/NTT出版 2010年)P91

※8 『⽕の賜物 ヒトは料理で進化した』(リチャード・ランガム/NTT出版 2010年)P87-89

<第12回に続く>

Rootport(るーとぽーと)
マンガ原作者、作家、ブロガー。ブログ「デマこい!」を運営。主な著作に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)、『ドランク・インベーダー』『ぜんぶシンカちゃんのせい』(ともに講談社)など。2023年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。